間違いなく、松嶋くん本人が、ここにいる。

「よかった、会えて」

私の耳元でホッとしたように息を吐いた松嶋くんが、そっと私を抱きしめる腕の力を緩めた。

そして、ふたりの視線がぶつかる。

「勝手にいなくなるなよ。心配するだろ」

「ごめんなさい……」

それ以外に言う言葉が見つからない。下を向く私に、松嶋くんが声を掛ける。

「結衣。いいから、顔を上げて」

見上げると、いつもと変わらない、太陽のようにまぶしく柔らかい、松嶋くんの笑顔があった。

「結衣、ひとつだけ弁明させて。婚約者の件は誤解だ。あれは、俺に会いにやってきた妹の仕業なんだ」

「妹さんの?」

「ああ。どうやら受付の態度にムッとして、言っちゃったらしいんだよ」

「そうだったの……」

それを聞いてちょっとホッとする。

「だから、結衣が俺から離れようなんて思わなくても大丈夫だから」

「でもっ……」

それだけじゃない。そう言おうとした唇に、松嶋くんの人差し指がそっと置かれる。

「事情は全部、小野山課長から聞いた」

「瑞穂ちゃんから?」

「ああ。結衣のご両親のことも、結衣が俺と一緒にいることで、父親や俺の家族に迷惑がかかるかもって思っていることも」

瑞穂ちゃん。松嶋くんに説明してくれたんだ……。

こんな私の為にひと肌脱いでくれる頼もしい存在に、涙がこぼれそうになるけれど、今の私に泣く権利なんてない。

「ごめんなさい。本当はちゃんと、自分の口で言わないといけなかったのに」

松嶋くんは黙って首を横に振る。

「いいんだ。俺も、悪いんだから」

「なんで松嶋くんが悪いの? 何もしてないじゃない」

「だからだよ。結衣が何か俺に言えないことがあるんじゃないかっていうのは前からわかっていたから」

「え? どうして?」

驚きで目を丸くする私に、松嶋くんは寂しそうな笑顔を向けた。