けれど王子様は私を嘲笑ったりせず、不思議そうに首を傾げた。金茶色の髪が揺れる。
「……そのわりには、泣いたりしないのですね」
泣く? ああ、そうか……恋人に捨てられたら、普通は悲しくて泣くよね。
なのにどうしてだろう。涙なんて出ない。悲しいという気持ちよりも、喪失感が大きいような気がする。
「そんなに好きじゃなかったのかな」
さっき別れた彼が言う通りだったのかも。私は条件の良い結婚がしたかったのであって、どうしても彼じゃなきゃいけないというわけじゃなかった。
「では、僕と行きましょう」
「えっ?」
一瞬なんと言われたかわからず、座ったまま王子様を見上げる。
「実は僕も、恋人に裏切られたばかりなんです」
自分を嘲笑うように、彼は微笑んだ。それはとても美しく、そして悲しい微笑みだった。漂う諦念と悲壮感が、作り物のような彼の存在を際立たせている。
王子様でも、ふられることがあるのか……。
「でもそれも、あなたに出会うために必要なことだったのかもしれない」
見るからに上等なスーツの袖からのぞく白皙の手が差し出された。
「行きましょう。僕はあなたを迎えに来ました」
囁く声が私の鼓膜を叩く。
これを言うのが別の人なら、爆笑したかもしれない。いや、鳥肌を立ててやんわり断り、逃げるところだろう。だけど……。



