「ねえ、あした会える?会って話したいことがあるの」


先生から返ってきた答えはごめんなさいの一言だった。


「あしたは先約があるの。実はね、ヨネ君と一緒に桜を見に行くの。え?そうよ、高校近くの桜並木。もう満開なんだって」


先生の声はどこか弾んでいた。

よっぽど彼に逢えることを楽しみにしていたに違いない。


「ねえ笠原さん。知ってる?
桜の花はね、薔薇の花と同じ仲間なんだよ。
だから桜は桃色じゃなくて、本当は紅色が隠れた色かもしれないね。
不思議ね」


あの最後の電話で、あたしは先生に何と返したんだろう。


「あしたのデート楽しんできてね」

「ありがとう」

「じゃあ、また明後日に」

「ええ、明後日に会いましょう」

「あ」

「どうしたの?」

「気をつけてね。あの場所は桜の名所だけど事故も多いから」


金網に手を重ねて、澪はじっとあの交差点を見つめる。

先生が命を落としたあの場所。

澪は干からびた一枚の花びらを地面へと落とした。

ひらひらとゆっくり落ちていくその花びら。


「…先生のばか」


そっと呟いた澪の言葉は風の音に紛れて消えていった。




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