36.7



「くり返しお知らせします。先程の恋人迷路で、一部の生徒に、あるアンケートを取りました。その結果として、今から10分後までに、辰巳大輔さん、水瀬颯磨さん、橋田澄春さんは、放送室へ来て下さい。」

…………?

帰ろうと思っていた時、不意にそんな放送が流れてきた。

アンケートって、何のアンケートだよ。

無視するか?

いや、気になる……。

迷って、放送室へ向かおうと思った時、前方から、見覚えのある人が歩いてきた。

「……颯磨……さん?」

僕は声をかけた。

自分の中では勝手に『颯磨くん』と呼んでいたが、話すのは多分これが初めてで、何と呼んだら良いのか分からず、取り敢えず名前に『さん』を付けた。

「澄春……さん……。」

颯磨くんは、バツの悪そうな顔をしていた。

それもそうだろう。

彼は僕の計画も知らずに、ただ自分が僕から日奈子ちゃんをさらったのだと思っているのだから。

「放送室へ向かう途中ですか……?」

何故か敬語になってしまう。

「あ、はい。そうです。」

「僕もです。良かったら一緒に行きませんか?」

「あ、いや、でも僕さっき……。」

「いいんですよ。あれ、僕が仕組んだことですし。」

「えっ……?」

やっぱり知らなかったか。

「そんなことより、敬語やめませんか?」

「そうですね。」

僕達はそれから少しだけ無言になった。

気まづい。

何でだ?

それは、話したこともないのに、お互いがお互いをライバルだと思っていたから。

相手のことを、あれこれと勝手に想像しすぎて、今更どう話して良いのか分からなくなってしまったんだ。

「颯磨くん、やっぱり日奈子ちゃんのことが好きだったんだ?」

僕は敢えて、そう聞いた。

「澄春くんこそ、好きだっんじゃ……?」

こちらが『くん』呼びすると、彼も合わせて『くん』呼びになった。

「好きだよ。今でも。颯磨くんは?」

正直に答えた。

そして、もう一度聞いた。

「……好き、だと思う。」

「思うだけ?曖昧な答え方はよくないよ。」

颯磨くんの曖昧さが、僕は駄目なのだと思う。

はっきりと伝えなくちゃ、伝わらないことだってあるんだよ。

「ああ、好きだよ。」

好きで悪いかよ?

という風な顔で、颯磨くんが言った。

「ごめん。詰問みたいになっちゃって。」

「いや、僕の方こそ、言い方がキツかった。」

何だこれ。

普通に会話しているつもりなのに、明らかにギクシャクしている。

颯磨くんも僕と同じく、こんな場面は生まれて初めてなんだろうな。

「付き合っているというのは、嘘?」

颯磨くんが僕に聞いた。

「嘘。」

ホッとした顔を見せると思ったのに、颯磨くんは以外にも、不思議そうな顔をした。

「分からない。」

「何が?」

「愛美が何故、澄春くんと日奈子が付き合っているなんて嘘をついたのか。」

そのことか。

「話すと長くなるから省略するけど、あいつ、最低な奴なんだ。僕が保健室登校になってるのも、あいつのせい。」

今でも、トラウマは完全に消えない。

「あいつはただ、昔の自分と似たような奴を、排除したいだけ。」

「それって……。」

流石。理解が速いな。

「愛美が好きな君が、日奈子ちゃんを好き。」

それから……、

「昔、僕を陥れて、愛美は僕が言うことを何でも聞く奴隷にできたと思った。でも、僕はいとも簡単に愛美を裏切った。それは、日奈子ちゃんが、僕を励ましてくれたから。」

最後に……、

「日奈子ちゃんは、昔の愛美に似ている。」

「それじゃあ……!愛美は……!」

「そうだよ。嘘で日奈子ちゃんを傷つけようとしている。だからさ……。君は……、颯磨くんは……、何があっても絶対にブレちゃ駄目なんだ!!」

無意識のうちに、言葉に感情がこもる。

「僕は、好きな人の幸せを願う。だから絶対に、日奈子ちゃんを離さないで。これからも、守り続けて!」

その時、丁度、放送室に着いた。

僕達は無言で、中に入った。