29.7



「ただいま。」

家に着いて、玄関を開けて……。

何だ。

特進科Sのくせに、もう帰ってきてるのか。

僕はいつものように、自分の部屋に籠る。

そして、今日のことを思い出していた。

きっとあの2人は……、両想いか。

何か2人とも勘違いしてるみたいで、よそよそしかったけど。

颯磨って人も、いつまでもぐずぐずしてるなら……、僕が取るよ……?

『そんな……!私からみたら、澄春くんだって凄いよ!全統記述模試、市内2位だって簡単に取れるものじゃないし、顔だって格好良いでしょ!?』

そんなこと言ってくれた人、日奈子ちゃんが初めてだよ。

心が綺麗で、素直なんだなって思った。

『でも、あの、澄春くんも、前まで保健室にいた、水瀬 颯磨くんって子に似てる。』

あの言葉は……、少しは期待しても良いってこと……?

日奈子ちゃんが好きな颯磨くんに、僕が似てるって。

それは僕にもチャンスあるってことかな……?

あー!分かんねえ!!

でも……、少しだけ都合が良い。

愛美のことは、大嫌いだけど、今この瞬間だけは、双子で良かったと思えた。

まさかこんな日が来るなんて。

思ってもみなかったな。

コンコン

何年ぶりだろう、愛美の部屋をノックするのは。

「あー、お母さん、夕飯ね。今から行くか……、」

ドアを開いて、驚いている顔の愛美が出てきた。

「す……ばる……。」

しかし、そんな表情はすぐに崩れた。

「何?何か用?」

愛美が不機嫌そうな顔になる。

「何年ぶりかな、話すの。」

「知らない。っていうか、どうでもいい。」

やっぱり僕のことは嫌いか。

「そんなことよりさ、僕の考えてること、分かるよね?」

双子だし、愛美は勘が良いし、二つの意味で、すぐに分かるだろうと思った。

「当然。」

前置きが省けて楽だ。

「そして、もう作戦まで考えてある。」

もう……!?

「それは知らなかった。」

さすが、愛美。

愛美は、得意げに微笑んでいる。

「まさか私と手を組む気?」

「うん。組ませてくれないか……?」

「嫌だけど今回は許すよ。」

そっか。

そんなに颯磨くんが欲しいか。

「で?どんな作戦?」

「この前、下校してたらさ、たまたま特進科Aのイケメンに出くわしたんだよね。」

特進科Aのイケメン……?

誰だろう……。

「その人が教えてくれたんだけど、今年の文化祭のテーマは『恋』なんだって。」

何だよそれ。

普通、『仲間と協力』とか、そんな感じだろ。

「良いのかよ、『恋』なんて。学生は勉強だろ?特にうちの高校は進学校なんだから。」

「まあ、いつもはもっと、真面目なテーマらしいんだけど、なんか今年の生徒会長が普通科の人だから、そうなったらしいよ。」

「へぇ。でも確か、副生徒会長は特進科Aじゃないっけ?」

生徒会副会長。

僕は彼と面識がある。

彼とは微妙な関係だ。

微妙な関係といっても、仲が悪いとか、そういうことではない。

詳しく説明する必要があるけれど、ここでは敢えて省いておく。

「そう。で、今日出くわした、特進科Aのイケメンっていうのが、その副生徒会長。」

なるほど。

「それで、今年のテーマである『恋』に合わせて、後夜祭で『恋人迷路』っていうのをやるんだって。」

恋人迷路……?

何だそんなふざけた企画は。

「なかなか難しい迷路らしいんだけど、2人で出てこられたら、その2人は永遠に結ばれるっていう迷路なんだって。」

馬鹿馬鹿しい……。

そんな迷路やって、何になるんだよ。

伝統があるわけでもないんだし。

「で?結局、どんな作戦?」

「その『恋人迷路』に、私と水瀬くんのペア、澄春と日奈子ちゃんのペアで参加するの。」

は……?

何言ってるんだ、こいつ。

馬鹿じゃないか?

……って思うけど、愛美のことだ。

何か考えがあるのだろう。

「それで?」

「2人で一緒に出てくる。」

「……え、愛美、まさかそれで本当に結ばれるとか思ってないよな?」

すると、愛美の顔が、赤くなった。

「そ、そんなの、お、思ってるわけないでしょ!」

いや、明らかに動揺してますけど……?

「そうじゃなくて!なんか、2人で出て来られたら、ほら!心理的に!吊り橋効果っていうでしょ?2人の気持ちに、錯覚を起こすことができるかもしれない。」

まあ、確かに。

一理ある。

「でも、日奈子ちゃんは単純で素直な子だから、吊り橋効果で錯覚を起こせるかもしれないけど、颯磨くんはそうは思えないよ。噂によると、エスパーみたいな人なんでしょ?」

すると、愛美が、ニヤッとした。

「確かに水瀬くんは凄い人だよ。一見、完全無欠に見える。でもね、違った。水瀬くん、人の感情とか、自分の気持ちにだけは、すっごく鈍感なの。」

分かる気がする。

だからいつまで経っても、日奈子ちゃんとくっつかないんだ。

「じゃあ、案外簡単にいくってことか?」

「うーん、でも、水瀬くんは意志が人1倍強いから、自分の想いをなかなか曲げようとしない傾向がある。」

それじゃあ、やっぱり難しいのか。

「でも、1度錯覚を起こすことに成功したら……、その後は簡単だね。」

愛美がまたニヤッと笑う。

「お前、最低だな。」

「な、何でよ!澄春だって、上手くいったら嬉しいでしょ!?」

「うん。……嬉しいよ。」

もし、日奈子ちゃんが……って考えたら、嬉しくないわけが無い。

嬉しいに決まってる。

でも、本当にそれで良いのか……?

日奈子ちゃんの気持ちを無視してまで、幸せになりたいか……?

「でしょ!」

「でも……!」

好きな人の幸せだって、願いたいよ……。

そう言おうとして、やめた。

言ったって、どうせ愛美には理解できないだろう。

「うん。そうだね。」

まさか、この話題で、何年もわだかまりを抱えていた僕達が、こんなにも話すことができるなんて。

僕だって、もう愛美を無視し続けることに対して、自分に嫌気が差していた。

それを、意図的にまた壊す必要なんてない。

そう思った。

「じゃあ、そういうことで。」

「分かった。」

だから、そう言った。

結局は、やっぱり全部自分のためなんだ……。

自分が1番可愛い……。

日奈子ちゃんと上手くいったら嬉しいし、愛美と昔のような関係に戻れたとしても嬉しい。

それから……。

僕は副生徒会長と約束している。

その約束を果たすことだって……。

ごめんね。

日奈子ちゃん……。

利用させてもらうね。