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昼休みになった。

私は緊張しながら、特進科Sのクラスへ向かう。

なんか怖いな……。

でも、颯磨くんに会えるんだ。

いやいや、何考えてるの!

ただ届けるだけだよ。

そうこうしているうちに、特進科Sのクラスに到着した。

ドアを除くと……、

っ……!?

息が詰まった。

颯磨くんはすぐに見つけることができた。

でも、声はかけられない。

だって、そこには、今までに見たこともないくらい可愛い子がいて、颯磨くんと親密そうに話していたから。

私は言葉を失う。

その時、クラスの女子が私に気がついた。

「あれ?日奈子ちゃんじゃん。」

「あ、どうも……。」

前にあんなことがあったから、少し警戒してしまう。

「どうしたの?」

「あの、瞳先生から、颯磨くんにこれを届けるように言わ……あっ、颯磨くんじゃなくて、王子……!」

多分、馴れ馴れしく『颯磨くん』と呼ぶと、反感を買うだろうと思って、言い直した。

「良いんだよ〜、別に無理して『王子』って呼ばなくて。」

え?

あれ?

「前まで『颯磨くん』って呼んでたんだもんね。急には変えられないよね。」

ほ?

な、何が起きた……?

「日奈子ちゃんならいいよ〜。」

な、なんなんですかね、前までは『チビ』とか言ってたのに……。

「あ、でも今、お話中みたいで。」

あんなに可愛い子と……。

モヤッ

え、何これ……。

「あー、橋田さんね……。」

「は、橋田さん……?」

澄春くんと同じ苗字なんだな。

と、どうでもいいことを思った。

「橋田さん!職員室で先生が呼んでる!」

1人の女子が言った。

え?

え?

え?

『橋田さん』と呼ばれた、超絶美少女が、私のいるドアとは、反対側のドアから、出ていく。

可愛い……。

可愛すぎる……。

きっと頭も良いんだろうな……。

もしかして、颯磨くんと……?

どうしても嫌な想像をしてしまう。

そんなの、私には関係のないこと。

それにしてもあの顔、どこかでみたことがあるような……、無いような……。

「ほら、王子フリーになったよ!」

「え、でも……、こんな嘘……。」

「大丈夫、大丈夫。今から引き止めに行って、適当に話して暇潰ししとくからさっ。王子と話してきな!」

な、何で今日はこんなに優しいのでしょうか?

私が『王子』は恋愛対象外だと言ったからでしょうか……?

クラスの女子達が、その場を去る。

私はありったけの勇気を振り絞った。

「そ、颯磨くん……!」

凄く声が小さくなってしまったから、多分聞こえていないだろう……。

そう思った。

しかし、颯磨くんは直ぐにこちらを向いた。

「え……?日奈子……?」

颯磨くんの瞳が大きくなる。

こんな表情、初めて見たかもしれない。

颯磨くんが近くに来る。

胸の鼓動が止まらない。

どうしよう……。

「あの、橋田さんっていう子、職員室に呼び出したのは、嘘で……、あの、私が颯磨くんに話があるって言ったら、女の子達がそう言って、でも、あんな嘘良くないし……、ごめんなさい……!!」

自分でも何を言っているのか全然分からなかった……。

でも、颯磨くんにはちゃんと伝わっていた。

「確かに僕は嘘が嫌い。」

だ、だよね……。

ああ、嫌われちゃったかな……?

「でも別に、日奈子がついた嘘じゃないだろ?」

え、あ、まあ……、確かに。

私はゆっくりと頷く。

「でも、止めなかった私も悪いし……。」

すると、颯磨くんは、クスクスと笑った。

「え……?え?」

「ごめん。変わってないなって思って。安心した。」

ドクンッ

久しぶりに見た、颯磨くんの笑顔……。

「それに、また日奈子と話せるなら、嘘でも良かったと思えるよ。」

っっ…………。

「でも、嘘つかなかくても呼んでくれれば良かったのに。」

「あ、お話中だったから……。」

「そっか。別に大丈夫だよ。」

私は見ていられなくて、見ていたら、好きだってことが伝わってしまいそうで……、少しだけ颯磨くんから視線を逸らした。

「あ、女子達、大丈夫だったか?」

颯磨くんが心配そうに聞く。

「あ、えっと……、なんか今日は凄く優しくて。」

そう言うと、颯磨くんが小さく溜息をついた。

「掌返し……だろ?」

掌返し……。

「立場が変わると、すぐに態度を変えるんだ。」

あ、そういうことだったんだ。

確かに私は、“あの日”に、立場が変わった。

それが誤解のもとになっているのだけれど。

「私は、大丈夫だよ。」

「そう。なら良かった。」

颯磨くんが微笑む。

駄目っ……!

心臓がもたないよ……!

「僕も昨日ちょっとあってね、女子達もこの前程ではなくなったんだ。」

そ、そうだったんだ。

「あ、ごめん。話が逸れたね。僕に何か用?」

あ、そうだった!

忘れてた!

「あの、これ。」

私は瞳先生にもらった封筒を渡した。

「これは……?」

「テレビ局の人からのアンケート用紙だって。今度の記事に載せたいらしくて。瞳先生から渡すように言われたの。あ、でも、嫌ならやらなくても良いって。」

私は一息で全てを説明した。

「テレビ局か……。」

颯磨くんは、少し迷惑そうな顔をした。

無理もないと思う。

颯磨くんは芸能人でもなんでもないんだから。

「でもね、そんなに大きな記事じゃないって。」

「ふーん。」

颯磨くんは、少し考え込んでから、口を開いた。

「日奈子はどう思う?」

「えっ?私?」

予想もしていなかった問いかけに驚く。

「私は……、どっちでも……。」

「どっちかっていったら?」

え……と、本当は……、あんまり出て欲しくない。

だって、颯磨くんがますます遠くに行ってしまうように思えたから。

でも、その記事から得るものは沢山あるだろう。

私の個人的感情を押し付けては駄目だ。

「出た方が良いと思うな。」

ちゃんと笑えてる?

不安……。

「そっか。なら出る。」

へっ……?

「ありがとう。書いておく。」

「あ、書き終わったら、また取りに来ようか?」

何でこんなこと言ってしまうのだろう……。

分かってる。

まだ話したいと、思ってしまうんだ。

「大丈夫。これ多分、校長先生に直接提出だから。」

「あ、そっか。うん、分かった。」

用ができない事に、落ち込んでいる私がいる。

「じゃあ、そういうことで。」

私は颯磨くんに背を向ける。

「あ、待って……!」

私は再び振り返る。

颯磨くんが私に近寄る。

さっきより近い。

顔がはっきりと見える……。

やだ……。

そんなに見られたら……。

でも、颯磨くんは目を話さない。

何か言いたそうだ。

しかし、口を開きかけて、すぐに閉じた。

そして、1歩引く。

「なんでもない。話せて良かった。じゃあ。」

颯磨くんが背を向ける。

私も同じく背を向ける。

やっぱり好きだ。

諦められない……。

颯磨くんが……、好きだ。