「気をつけて、帰ってくださいね」
「あぁ、ありがとう」
見送るためにマンションの下までやってきたところで、雪さんに向き直る。
穏やかな目で私を見つめる彼の指先が、優しく輪郭をなぞった。

触れられた部分が熱くなっていく気がしたけれど、意識がそれだけに集中することはできなくて。
心の中にあるまとまらない言葉たちの中から、今どれを選べばいいのかをすぐには判断できそうになかった。

「…じゃあ」
数秒の沈黙のあと、手を下ろした雪さんが踵を返す。ほんの少し名残惜しそうに…半ば少し、何かを振り切るように。

「…雪さん!」
咄嗟に呼び止めると、雪さんは2、3秒立ち止まったあとゆっくりとこちらを振り返った。
少し離れたところにある瞳を真っすぐに見つめて、口を開く。

「私…槙くんとちゃんと話します!それから…もう一度、私の話を聞いてくれますか?」

言葉の最後は、吸い込まれるように溶けた。
言い終える前に手首を掴まれて、気が付いたら雪さんに抱きしめられていたから。

「うん、待ってる」
大きく音を立てる心臓に、雪さんの一言が沁みわたっていく。
ゆっくりと彼の大きな背中に腕を回すと…雪さんが優しく微笑む、そんな気配がした。