眠らせ森の恋

 


 お昼前、つぐみが給湯室を片付けていると、英里がやってきて、後ろで騒ぎ始めた。

「なんなのよ、あんたっ。
 西和田さんのぬくもりの残る椅子に座って仕事してっ」

「乙女ですねえ、田宮さん」
と湯呑みを片付けながら言うと、はいっ? と見返される。

「いや、確かにじんわり椅子越しに西和田さんの残した体温が伝わってきましたが、好きな人でなければ、不気味なだけかと」

「あんたの好きな人ってどんなのよ。
 なんで、西和田さんが気に入らないのよ」

「なに自分が好きな人が世界基準みたいなこと言ってんですか」

 っていうか、私が西和田さんを好きになってもいいんですか、と言う。

 しかし、私の好きな人ですか、と考えてみたが、特に思い浮かばなかった。

 子どもの頃まで遡さかのぼってみる。

「シャ……シャーロックホームズとか?」

「正美ー。
 昼、食べに出るー?」

 あ、無視された……。

 さっさと割り勘の計算を始める英里を見ながら、もしかして、この人が一番私を評価してくれてるのかもなと思っていた。