流羽と駅前で別れて、

お袋の代わりに晴人の学校での

三者面談を終えた俺は、

晴人と一緒に駅までの

道を歩いていた。

その時…

ポケットの中で携帯が震えた。

流羽か?

「なんだ…この番号?」

俺の隣を歩く晴人が、

不思議そうに首を傾げて、

俺も、首を傾げた。

番号を見る限り、固定電話だ。

一体誰からだ?

取り敢えず出るか。

手の中で震え続ける携帯に

出た俺の耳元で話す人は、

とても慌てた様子で、

要領を得ない。

その時、聞き慣れた声が

聞こえた。

「桐生っ!!あんた、いまどこ?

急いで光清病院に来て!!」

「その声…香月か?

何なんだよ、突然…」

少しの間の後…

香月は、少し声を震わせて、

「流羽が…駅前で事故に遭って

今、あたしも向かってるから!

じゃあ、また後で!」と、

一方的に切ってしまった。

…ってか、今…

香月は何て言った?

流羽が事故に遭ったって、

言ったか?

駅前?

俺と晴人がいるのは、まさに

1時間前に流羽と別れた

駅前だ。

ここで、事故に遭ったってことは、

俺と別れてすぐってことか?

電話を持つ手が震えた。

俺が家まで送ってたら、

事故にあわなかったんじゃねーのか!

くそっ!!

今はとにかく、病院に

急がねーと!!

「晴人、悪いけど

1人で帰れるか?

流羽が事故って、病院に運ばれた。

俺、行かねーと!」

驚いた表情のまま、晴人は

「俺は大丈夫だから!

早く行って!」

そう言って、背中を押してくれた。

俺は、駅前に止まるタクシーに

乗り込んで光清病院へと向かった。

頼むから、無事でいてくれ!!

病院に着いた俺は、

救急外来へと走った。

「すみません!!

事故で運ばれた春瀬流羽は

どこですか!?」

面食らった顔をした看護師が、

案内してくれたのは、

ひとつの個室で、手当てを終えて

眠っているとのことだった。

看護師が去ったあと、

ゆっくりと扉を開けると、

ベットに眠る流羽の姿が見えた。

流羽に近づいて、顔を

覗き込むと、スースーと

寝息をたてて、目を瞑っている。

「流羽…生きてて良かった」

ベットの傍らに腰掛け、

流羽の小さな手を握り、

早く目を覚ましてくれと願った。

そして、大丈夫だと笑って欲しい。

そう、願った時…

頭上から声が聞こえて、

俺は溢れそうになる涙を堪え、

声を掛けた。

「流羽、分かるか?

事故に遭ったって聞いて

心臓止まるかと思った」

そう言うと、流羽は

キョトンとした顔で、

俺をジッと見つめて…

「あの…あなたは誰?

わたしのこと、知ってるの?」

俺を初めて見るみたいな目で

問いかけてきた。

一瞬、目の前が真っ暗になって、

俺は震えそうになる声を

必死に抑えて、声を掛けた。

「流羽…俺のこと…

分かんねぇのか?」

流羽の顔をまともに見ることが

できなかった俺は、

「先生、呼んでくる」そう言って、

病室を出た。

もしかして…記憶なくしたのか?

いや、事故に遭って記憶が

混乱してるだけで、きっとすぐに

思い出す…

そうに決まってる、絶対に。

そう願った俺の思いは、

無惨にも切り裂かれた。

医者の話では、高校に入学する前に

後退していて、いつ戻るのかは

分からないってことだった。

自宅までの道を歩きながら、

俺は手にぶら下げたビニール袋に、

視線を落とした。

病院を出る前に、香月から

渡されたもので、流羽が事故に

遭った時、傍に落ちていたもの。

中には、果物やスポーツ飲料水と

お袋の体調を気遣う

流羽の優しさが滲む文面の

メッセージカードだった。

流羽はきっと、俺と別れたあと、

俺の自宅に向かおうとして、

事故に遭ったんだ…

流羽の今いる世界は、

俺と出会う前の世界だ。

いつ、記憶は戻るんだよ…

数時間前に、

未来の約束したばっかで

ずっと一緒にって…

笑い合ったじゃねーかよ!