手を引かれたまま、

電車に乗り込んだ、わたしは

いけないと分かっていながら、

この手を振りほどけない自分に

内心、呆れていた。

あれだけ、彼女さんに悪いからと

拒んでおいて、この温もりを

離したくないなんて、思ってる。

本当なら、こうして

繋がれるのは、

彼女さんなのに…と。

流れる景色を見ながら、

自分自身に、嫌悪して

彼女さんに、罪悪感を抱いた。

そんな気持ちのまま、

辿り着いたのは、

夢で見た懐かしい、

緑丘公園近くの駅だった。

「桐生くん、ここって…」

わたしの問いかけに、

笑みを浮かべながら、言った。

「春瀬のお気に入りの場所…

そんで、その指輪をくれた奴も

そこに居る」

「え?居るって…

この指輪、贈り物だったんだ…

その人は、桐生くんの知り合い

なの?」

混乱と動揺で、心がパニックに

なっている、わたしに

手を引きながら、笑って…

「そう、知り合い。

そいつのことは、俺が1番

よく知ってる」と、

なぜか意味深な顔をした。

そして、手を引かれるままの

わたしの目に映ったのは、

夢で見た、あの懐かしい

緑丘公園で、桐生くんは

真っ直ぐベンチのある方へと

歩いて行く。

そこは、夢で見た通り

コスモスに囲まれたベンチ。

でも、桐生くんがよく知るという

人らしい人はいなくて…

わたしと桐生くんの2人だけ。

キョロキョロと辺りを見回して、

その人を探すけど、

どんな人なのかすら、

わたしには分からない。

ベンチに腰掛け、目の前に

広がる景色を、ジッと見つめた。

どこまでも広がる、

綺麗な緑が生い茂る芝の上を

元気に駆け回る、子供達と

草木を揺らす、穏やかな風。

傍から流れてくる、

コスモスの微かな香り。

夢の中で、わたしは

この場所に居て、誰かと一緒に

約束をした。

そして、この指輪を貰ったんだよね。

薬指に光る、指輪に

視線を落として…

「どんな約束をしたんだろう…」

そっと呟いた。

それに、答えるかのように、

隣に座る、桐生くんが言った。

「未来の約束、したんだよ。

そいつと…」

「未来の約束?」

頷いた桐生くんは、

わたしの右手から指輪を抜き取り、

内側を指差した。

なに?

そこに何か書かれてるの?

首を傾げていると、

「ずっと一緒に…」

そう言って、指輪を

わたしの薬指にはめてくれた。

「ずっと一緒に?」

「そう、ずっと一緒に」

桐生くんの手によって、

元の場所に戻る、指輪を見つめ、

わたしの頭の中に、

1つの言葉が浮かんだ。

『未来の約束のしるし』

その言葉が頭の中に浮かんだ瞬間、

モヤがかかって見えなかった、

誰かが、少しずつ輪郭を持ち、

浮かび上がった。

その人は…

いつの間にか、流れていた

涙を優しく拭ってくれている、

世界で1番大切な人…

強くて、優しくて、

わたしの全てを

受け止めてくれて、

時々、駄々っ子のようになる…

ずっと一緒にと、

未来の約束のしるしを

くれた、翼くん。

「翼くん…わ、わたし…」

思い出せたよ…

ここで、わたし達は

未来の約束をした。

こんな幸せなことを

どうして忘れてしまって

いたんだろう…

声にならない声で、

愛しい人の名前を口にして、

その温もりを感じたくて、

翼くんにしがみついた。

抱きしめ返してくれる、

温かくて優しい腕に

力が込められた。

「流羽、お帰り」

抱きしめたまま、

そう言ってくれた、翼くんに

腕の中で、顔を上げて

泣きながら…

精一杯の笑顔で、返事した。

「ただいま、翼くん」

口元に優しい笑みを

浮かべて笑う、翼くんは

わたしを抱きしめたまま、

そっと唇を重ね合わせた。

「…っん…」

ここで、未来の約束をした

日から、そんなに時間は経って

いないのに、すごく長い時間、

離れていたような気がして、

それを埋めるかのように、

わたし達は、唇を

重ね合い続けた。

ポーッとする、わたしを

膝の間に挟んで、後ろから

抱き締めてくれる、翼くんは

わたしの肩に、顎を乗せて

小さく溜め息をついた。

「すげー長かった気がするけど

やっと、こうできる」

「ごめんね…

でも、わたしも辛かったよ。

翼くんに彼女さんがいるって、

思ってたから…」

好きになって、

でも、彼女さんがいるって

分かって、失恋して…

伝える事が許されないと

落ち込んで…

でも、どうやっても好きで。

自分に嫌悪して、

居るはずのない人に嫉妬や

罪悪感を抱いた。

それが、まさか自分自身だった

なんて、思いもしないで…

だけど、改めて分かったの。

好きな人に

好きになってもらえる事が

特別で奇跡みたいな事だって…

一方通行じゃなくて、

ちゃんと交わって、繋がる事が

どれだけ幸せな事なのかが。

「混乱させたくない気持ちと

振り向かせてでも、

気づかせたい気持ちで、

いっぱいいっぱいだった…

だから、流羽がそんな事

思ってたなんて、知らなかった。

不安にさせて、ごめん」

ギュッと力を込めて、

抱き締める、翼くんに

わたしは、首を振った。

「わたしが忘れちゃってたのが

悪いんだよ…

わたしの方こそ、ごめんね?

でも、記憶を忘れてても

翼くんを好きになった。

どうやったって、わたしは

翼くん以外、好きになれないんだって

思ったよ」

普段なら、恥ずかしくて

言えない事も、これからは

少しずつでも、真っ直ぐに

伝えなきゃいけないよね。

人生って、いつ何が起きるか

分からない…

今回のように忘れてしまう事や、

伝えられないまま、離れて

しまう事もあるかもしれない。

その時感じた想いは、

その時に伝えなきゃ。

後悔しないように…

「俺も、流羽しか

好きになれねーし、

流羽以外は、いらねーよ。

これからずっと先まで、

一緒にいような」

そう言って、抱き締めた腕を

解いた、翼くんは

わたしの頬を包み込み、

自分の方に向かせて、

柔らかな唇を落とした。

翼くんの温かな熱が、

流れ込んでくるような、

大人なキスだった。

戸惑いも恥じらいも

全部取り去るような、

大人なキスに、わたしの身体は

どんどんと熱を持っていって、

愛おしい気持ちで

いっぱいになった。

1ミリも離したくなくて、

翼くんの服をギュッと握って

その熱を求め続けた。

気が付けば、日が少し傾いて

広場にいた子供達も

姿を消していた。

ぴったり引っ付いたままで、

わたしは声を掛けた。

「そろそろ、帰らなきゃね…

明日は学校だし」

黙っていた翼くんは、

唐突に…

「今日は離れたくねー…」

わたしを抱き締める腕に

力を込めて、わたしを

覗き込んだ。

そんな目で見ないで欲しい!

「で、でも、明日も学校で

会えるし…」

思わず下を向いて答えると、

大きな溜め息が聞こえて…

「わたしも…

本当に離れたくないんだよ?

だけど…ね?」

同意を求めるように

首を傾けて、見つめると

「そんな可愛い顔して…

煽ってるとしか思えねー…」

「あ、煽っ!?

そんなつもりじゃっ!」

顔中が熱い!

煽るなんて、そんな高度な技術

わたしが出来るわけないのに!

頬を包んで、下を向くわたしに

「じゃあ、明日ウチ…来て。

流羽と過ごしたい、2人で」

真剣な表情で話す

翼くんに、わたしは頷いた。