未来の約束をした

わたし達は、そのあと少し

のんびり花を見て過ごし、

公園を後にした。

最寄りの駅に帰って来た時、

翼くんの携帯が着信の通知を

知らせる。

「おう…今、駅前。

急用なのか?

分かった、すぐ行く。

おう」

はぁーと、大きな溜め息をついた

翼くんは、困り顔でわたしを見て

電話の内容を教えてくれた。

「晴人の三者面談に

行ってくれって…お袋から。

なんか、具合悪くて出られねぇって」

「えっ?お母さん、大丈夫?」

「あぁ、声は普通っぽかったから

平気だろ。

ただ、今から代わりに晴人の

中学行かなきゃなんねー。

流羽、悪りぃんだけど

1人で帰れるか?」

コクコクと頷いた。

「わたしは大丈夫!

早く行ってあげて?」

そう言うと、悪い…と言って

人混みの中に消えて行った。

お母さん、大丈夫なのかな?

今、お家に1人きりだよね…

時間あるし、お見舞いに行って

みようかな。

うーん…迷惑かな?

でも、すごく気になる。

「よし!とりあえず行って

お見舞いの飲み物と果物を

ドアノブにかけて置いたら

翼くんが気付くかもしれないし」

具合が悪い時は、

心細くなるもんね、誰だって。

少しでも役に立てたら嬉しいし、

この間、沢山よくして貰ったから

お礼のメッセージも添えよう!

わたしは、そのまま

ホームには帰らず、

駅前で飲み物と果物を購入し、

メッセージカードを忍ばせて

翼くんのお家を目指して

歩き出していた。

その時、あちこちから

わたしに向かって、

悲鳴のような叫ぶ声が聞こえて

なんだろう?と

振り返った。

次の瞬間…

キキキキッーー!!

「あっ…」

ドンッ!!!

わたしは自分が車に激突されたと、

分かった。

視界に映る人達が、見えて

何か叫んでるみたいだけど、

聞こえない…

それに、身体中が痛い…

薄れゆく意識の中、

右手の薬指に光る指輪が見えた。

翼くんから貰った、

未来の約束のしるし…

良かった、失くさなくて。

それを見て安心したわたしは、

そのまま意識を失った。


ピッピッピッピッ…

何の音だろう…

鳴り続けてる…

アラームの音ってこんな感じ

だったっけ?

目を開けると、そこは

どこもかしこも真っ白で

かすかに消毒液の匂いがした。

ここ、どこ?

身体中が痛くて、動けないな。

その時、わたしの右手に

手を重ねる、黒髪の男の子が

ベットに突っ伏しているのが

見えた。

「誰…?」

そう呼び掛けると、

男の子は顔を上げて、

わたしをジッと見つめてきた。

この人は誰?

「流羽、分かるか?

事故に遭ったって聞いて

心臓止まるかと思った」

わたしが目を覚ました事に

安心したように、柔らかな表情で

話す男の子…

すごく綺麗な顔してるなぁ。

っていうか、今わたしの名前

呼んだよね?

でも、わたしはこの男の子を

知らない。

知り合いにこんなカッコイイ人

いないよね?

切なげに瞳を揺らしている、

この人は誰?

「あの…あなたは誰?

わたしのこと、知ってるの?」

わたしの言葉に、目を見開いて

驚いた表情の男の子は、

わたしの手を握って、

泣きそうな顔のまま、

下を向いてしまった。

「流羽…俺のこと…

分かんねぇのか?」

そう尋ねる男の子は、

そっと手を離し、

先生呼んでくると

扉の向こうに消えてしまった。

『先生呼んでくる』

男の子が言った言葉を

反芻して、ここが病院だと

気が付いた。

でも、なんで病院に?

不思議に思っていると…

ガラガラ…

扉が開く音が聞こえて

目をやると、そこには

白衣を着た男の人と

ホームのみんな、璃子がいて、

その後ろに、さっきの男の子が

立っていた。

「流羽ちゃん!」

「流羽っ!!心配したんだから!!」

愛子さんと璃子が

泣きそうな顔をして、

わたしに近づいてきた。

「愛子さん、璃子…

ここ、もしかして病院?」

それを聞いた2人は、

頷いて、わたしが事故に

遭ったことを教えてくれた。

「駅前で、暴走した車に

跳ねられたんだよ!

覚えてないの?」

「えっ?事故?

確かに、身体のあちこちが

痛むけど…

覚えてない…」

事故に遭ったことも、

なんで駅前にいたのかも

全然覚えてない…

わたしはそこで何してたんだろう?

すると、白衣を着た男の人が

詳しい検査をしましょうと言った。

検査の結果、脳にも異常はなくて

怪我が完治すれば、

数日で、退院出来るらしい。

車に激突されたけど、大した

怪我もなく、

かすり傷程度で、運が良かったと

先生は言うけど…

ひとつ気になることがあった。

「璃子…あそこにいる、

男の子が、誰か知ってる?」

傍らに立つ璃子に、そっと

声を掛けると、

困ったような、悲しみのこもった

表情で、わたしを見て、

「流羽、桐生のこと

分からないの?」

桐生…桐生…

「うん…分からない。

でも、あの男の子は

わたしを知ってるみたいだけど」

璃子が後ろに目をやると、

男の子は眉を八の字にして、

口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

勢いよく振り返った璃子は、

先生に質問をした。

「先生…これって、もしかして」

それを聞いた先生は、

わたしの横に腰を下ろして

こう言った。

「恐らく、事故の影響で

記憶が後退しています。

一時的なものでしょうが、

いつ戻るかは、なんとも」

記憶が後退?

それって、どういう意味なの?

知らないんじゃなくて、

忘れてしまってるってこと?

そんな…

掛けられた布団をギュッと

握る手が震えてしまう。

「ちなみに、今日がいつかは

分かりますか?」

「…今日ですか?

日にちは分からないですけど、

えーっと…もうすぐ

高校の入学式があるので、

4月です」

そうですか…と言って

先生から驚きの言葉が

発せられた。

「今はもう9月です。

そして、ここにいる彼が

春瀬さんには

分からない…

そうですね?」

「…はい」

「記憶が後退しているので、

4月以降の出来事が、

今の春瀬さんからは

すっぽり抜け落ちて

しまっています、恐らく」