君への最後の恋文はこの雨が上がるのを待っている


主審の宣言のあと、世界から音が消え去った。


竹刀を打ち合う音も、互いのかけ声も、観客席の喧騒も拍手もすべて。

代わりに自分の呼吸と鼓動だけが、はっきりと耳の奥でリズムを刻む。


不思議な現象が起きた。視界が、相手の動きが、時の流れが、ひどくゆっくりな動きに変わる。

白の対戦相手の目線の動きや、足さばき、フェイントをかけようとする竹刀の動きもすべて、気持ち悪いくらいよく見えた。


こんな体験、はじめてだ。でもなぜか全然動じない自分がいる。

いつだったか、優ちゃんが言ってたことを思い出した。時々試合中、相手の動きがスローモーションに見える時があるって。

その時は「天才はさすがに言うことがちがうな」くらいにしか思わなかったけど。いままさに、あたしも同じ体験をしてる。

天才なんかじゃないけど、いまこの瞬間、優ちゃんと同じ場所に立てたような気がした。優ちゃんと、肩を並べられたような気が。


相手の竹刀が、小手を狙ってくるのが見えた。

その一瞬を逃さず、ひと呼吸先を鋭く切り込む。


叫んだ。声の限り。

これから決勝に挑む深月のもとにも、この声が届くように。


先に仕掛け、相手の動きを引き出し打ち込んだ出小手に、白旗が一斉に上がった。