「ケンカって、一歩相手に踏み込まないとできないことだったりするだろう? 他人じゃなかなか気軽にケンカなんかできない。だから、良かったよ」
優ちゃんが踊り場から降りて来る。そしてすれ違いざまあたしの肩を気安く叩いた。
「放課後はちゃんと来いよ?」と主将の顔で言って、去っていく。
あたしは階段の途中で立ち止まったまま、その背中をぼんやりと見送った。
薄暗い階段はひんやりとしていて、足元から冷気みたいなものが這い上がってくる錯覚をおぼえる。
「良かったよ、か……」
優ちゃん、それはどっちに対して安心したの?
あたしと智花と、どっちのことを心配していたの?
去って行く背中にそう訊ねてみたかった。優しい幼なじみは、いったい何て答えただろう。
優ちゃんのいなくなった1階から、踊り場の階段へと視線を移す。相変わらず、四角に切り取られた空はどんよりとした灰色だ。まだまだ晴れそうにない。
晴れるどころかますます濃く厚くなっていく雲は、あたしの心そのものだった。
ねえ、優ちゃん。気づいてる?
あたしと優ちゃんも、全然ケンカしたことないってことに。


