都会から随分と離れ,最新の地図にも載らない程知名度の低い村【痣村】僕自身,父が早くに亡くなり母がノイローゼになる...等という不幸が無ければ此処に来ることは無かっただろう。

痣村には母方の祖父母が住んでおり,母が完治するまでここに預けられる事になったのだ。
田舎といえば田んぼがあり畑があり太陽が眩しく...というイメージがあったのだが、この村は田んぼや畑はあるものの殆どが荒地で太陽の光はあるが、どことなく暗い雰囲気を漂わせていた。

「幸ちゃんは今日からこの村に住むのよ。静かな所でしょう?都会と比べて」

助手席に座った祖母は少し浮かれているような声だった。
祖母は昔から僕の事を"幸ちゃん"と呼ぶ。僕の名前が西川 幸だからだろう。
昔からと言っても祖父母に会うのはこれで3回目なのだが。

「...確かに都会より静かでいいですね」

「でしょう?でも皆やっぱり出て言っちゃうのよね...田舎だからかしら」

祖母は溜息混じりの声で呟きながら窓の外を眺めていた。

「さ、着いたぞ。」

祖父が車を停め荷物を部屋に運ぶのを手伝ってくれた。もう70を超えているのに表情一つ変えず運んでいた。

「荷解きするんでしょう?お昼ご飯が出来たら呼ぶからそしたら降りてきてね。」

「あぁ...ありがとうございます」

まだ慣れておらずどうしても敬語になってしまう。

「手伝うか。」

居間から祖父の声が聞こえた。

「いえ...荷物も少ないし大丈夫です。」

あまり迷惑も掛けられないと思い断ったが祖父は「こういう時は甘えろ。」と頭に手を置き2階へ上がって行った。

「あの人...表情とかには出さないけど嬉しいのよ。幸ちゃんと暮らせる事が」

フフッと笑いながら祖母は昼食を作り出した。
少し照れくさくなり2階へ上がると部屋の前に祖父が居て
「...お前の部屋だからな。お前が自分で開けてみなさい。」

とドアを指した。
言われた通りドアを開けると,そこには勉強机と本棚とタンス,低めの棚とベッドが置かれていた。勉強机や棚には少し古い傷が付いていた。

「美晴が使っていたんだ。傷はあるが...古物にしては綺麗なもんだろう」

祖父は懐かしげに見ながら呟くように言った。
"美晴"は母の名前だ。確かに傷は多いが古い物には見えなかった。

「さて...早く荷解きするか。日が暮れる」

祖父に急かされるようにして荷解きを始めると荷物は本当に少なく,10分ほどで終えた。

「...後で買い物に行こう。必要な物とかあるだろう。...制服も取りに行かにゃならんしな。」

祖父はそう言うと下へ降りて行った。
窓は来た時から既に空いていて心地よい風が吹いていた。しかし,やはり村の雰囲気が少しどんよりとしていた。

「...考えすぎは良くないよな...」

少し色々な仮説を頭に浮かべつつ首を振ると下から祖母の声が聞こえた。

「あっ...今行きまーす!」

大きく返事をして下に降りていった。


「ええ?荷解きもう終わったのかい。早いねぇ...なら海に行くといい。」

笑いながら祖母は2枚の写真を見せた。
1枚は普通の海の写真でとても綺麗な海だった。
あと1枚には2人の少女が仲良さそうに海をバックに写っていた。

「...母さん...と...?」

そこに写っていたのは1度見たことがある小さい頃の母と母によく似た少女だった。

「...この子はねぇ...ミキちゃんって子なの。海の近くに住んでて...美晴とよく似てるでしょう?」

一瞬,母と双子なのかと疑う程よく似ていた。似ていないところといえば髪の毛の色と表情だった。"ミキちゃん"は表情があまり表に出ない母と正反対でニッコリと笑っていた。

「この海がねぇ...潮風綺麗なの。近いし行ってみたらどうかしら?」

「あ...でも制服とか取りにいかないと...」

「...海に行ってから行くといい。迎えに行っちゃる。」

ご飯を早く食べ終えた祖父は新聞を持ってリビングのソファーで読み始めた。

「じゃあ行ってみます」

短期のバイトでお金を貯めて買ったカメラを首に下げリュックに財布と携帯とハンドタオルを入れて持って行くことにした。

玄関で靴を履いて立ち上がると少し目眩がした。立ちくらみだろう。その時,祖母が何か言っていたが聞き返すことなく家を出た。


家を出ると微かに潮の匂いがした。海は木が多く見えなかったが潮の香りを辿って行く事にした。
歩いて10分程で坂の上から海が見えた。写真で見た海と少し違う気もしたが時が経てば変わるものか。と思い砂浜まで降りた。
やはり海もどんよりとしているが足を入れてみると冷たかった。

海の方を見ると浅瀬に倉庫の様なものがあった。なぜ海に?と思いつつも気になってしまい近くまで行き窓から覗いて見た。
中は暗く見えにくかったが,ドアが開き中から黒いセミロングの髪の女性が出てきた。身長的に同じ歳くらいだが大人っぽい雰囲気を纏っていた。

「っ...」

「だれ。」

驚きで声が出せないでいると,彼女の方から話し掛けてきた。とても可愛らしい声だったが,質問というより尋問のように聞こえた。

「西川...幸。君は?」

「...ミキ。西条ミキ。」

「えっ!?」

先程,母と友達だったという女の子と同じ名前で少し驚き,その様子を見て怪訝そうに顔をしかめた。

「あっ...えっと西条さんは...ここに住んでるの?」

「なわけないでしょ。」

「...だよね...」

「...貴方は?見たことないけど..観光?なら帰った方がいいわよ。」

「いや...僕は今日から引っ越してきたんだ。来週から森西高に通う。」

「!...そう。」

少し驚いた顔をした後僕から遠ざかる様に浜辺に上がっていた。
僕は何故か彼女が気になり彼女の後を追った。

「...なんでついてくるの。ストーカー?」

「えっと...まだ道覚えてないから色々な所行ってみようかと...」

「覚えてないなら道案内人も無しに歩き回らない方がいいんじゃないの?」

「君は案内してくれないの?」

「無理。ほかを当たって。」

「そう...あ、ねぇ。君は?君も森西に通ってるの?」

「...さぁね。だとしても関わることは無いわよ。」

「え?学年が違うとか?僕は2年だけど...」

「...私も2年。でも私と貴方達は関わっちゃいけないの。」

「どういう...意味?」

「...初日にクラスメイトが教えてくれるんじゃない?私からは言わない。じゃあね。」

そういうと彼女...西条ミキは走っていった。

「...あっ...来た道...辿れば帰れるよね...」

結局その後,道がわからず海から祖父に電話を掛け迎えに来てもらう事になった。