それは決まって毎週金曜日、午後十時半。欠かさず深澤さんから電話があった。今日は部活で褒めてくれただとか、体育の時間の先輩も輝いていたとか、私がじゃけんけんで負けたのにジュースを奢ってくれただとか、部員の荷物を片付けると必ず先輩の荷物からは柔軟剤の香りがするとか、あの綿毛のような柔らかい声でいつも楽しそうに報告してくれた。こんなに真っ直ぐ愛されている“さく先輩”はきっと素敵な人なのだろう。


「今週も幸せそうだね。」
「おかげさまで。朔先輩のおかげです。また、電話してもいいですか?」


いいもなにも、僕は彼女の話が楽しみで電話番号をちゃんと登録して、彼女だけ着信音も変えていた。


「もちろん。」
「ありがとうございます。じゃあ…」


おやすみなさい。今日も二人でそう言い残して電話を切った。また彼女からの電話を待つ一週間が始まる。気づけば外の景色は連日の雨模様が終わり、日中の太陽は少し高くなっていて、風もほのかに生暖かくなっていた。敬語どうしだった会話から、冗談を言い合える仲にまでなり、僕は彼女を詩穂ちゃんと呼び、詩穂ちゃんは僕を“朔先輩”と呼ぶようになっていた。詩穂ちゃんは、先週の小テストで復習をしたのに五十点満点中、二十点だったらしい。というのも、解答欄が途中で一つずつズレていたのを、最終問題の解答欄がないことでやっと気がついたと言うのだ。気づいた時にはもう既に終了五分前で、急いで書き直したが間に合わなかったのだ。笑って「何もない所で躓いたりするタイプでしょ」とからかうと、彼女も笑いながら「そこまでドジじゃないですよ。」と言い返す。相談以外の事も話すようになって、彼女のあどけない仕草まで伝わってくるようだった。




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「朔、帰んぞー。」


鈍い音と同時に、頭に何かが勢い良くぶつかり傷みが走った。ぶつけられた所を擦りながら睨み上げると、悪戯に微笑んだ敦士(あつし)が居た。


「痛いだろ。」
「あー、ごめん、ごめん。さっさと準備しろー。」


そう言って僕の頭にぶつけた鞄を肩に掛け直し、気怠そうに両手をズボンのポケットに突っ込む。さっきの衝撃で床に落として散らばったユニフォームを引っ掴んで鞄の中に押し込み、肩に掛け、最後に置いてあるスパイクが入った袋を手に取り、グラウンドを後にした。


「朔、あれどうなったんだよ。」


冷やかすような言い草で敦士が言った。“あれ”とは、詩穂ちゃんのことである。敦士とは小学生からの付き合いで、所謂、親友というような間柄だ。彼女からお礼の電話があった次の月曜日、自身に起こった不思議な間違い電話の事を敦士に話していた。初めの頃は信じられないと言いたげに話半分で聞いていたようだが、毎週休み明けに新たに出てくる彼女の話に段々と面白がっているようだった。


「まさか朔太朗が顔も知らない女に恋なんて。」
「恋?」
「好きなんだろ?詩穂ちゃんのこと。」


一体何の話だろうか。僕は勝手に彼女の恋のキューピットになって浮かれていただけで、恋ではない。確かに可愛いと思うことはあった。だが、それは恋愛感情ではなく妹に接している時の感情に近いものだった。不思議そうに見つめる僕の肩を、素直になれよ、と肘で小突いてくる。


「そんなんじゃないから。」


敦士の肘を軽く払い退け、前を歩く。朔ちゃん怒んなよ、と謝りつつも顔は笑っている。憎たらしいが、愛嬌もあり憎めないのが敦士の特権だ。誰にでも別け隔てなく接することができ、男女共に好かれている。


「あ、そうだ。今年の夏祭りも一緒に行くだろ?茉桜(まお)が今年も楽しみにしてるって連絡がきたんだよ。」


自転車に跨がりながら、唐突に敦士が話を切り出した。そうか、もうそんな時期だったのか。今日が学期末テスト前の最後の部活だったということもあり、そのことしか頭の中になかった。詩穂ちゃんも浴衣を着て、“さく先輩”と夏祭りに出掛けたりするのだろうか。


「なあ、朔。夏祭り今年も」
「行くよ。」
「聞こえてるんだったら返事しろよなー。」


じゃあな、と敦士はペダルを漕ぎ始め、後ろでに手を振り帰っていった。そして、その日の午後十時半。僕の予想は的中していた。