「もしもし。」

「もしもし。深澤です。」

「また間違えてますよ。」

「いえ、そうではなくて… 」


少しの沈黙の後、彼女は僕に相談に乗って欲しいと言い出した。続けて、自分の名前は深澤 穂(ふかざわ しほ)だと名乗り、十六歳で高校一年生だと言う。それ以上は言えないが、決して怪しい者ではないと断言する彼女に対して、怪しんでいる僕がいた。相談に乗って親身になったところで、何か高い物でも買わされるのではないだろうか。


「この一回だけでいいんです。相談出来る男の人が父しかいなくて…。でも、父に相談するにはちょっと…。」


お願いします、と余りにも必死な彼女の声に何だか放っておけなくて、一回だけならと心が簡単に揺らいでいた。高い壺を買わされたりするのだろうか。いや、こんなに必死なのだから何かきっと事情があるのかもしれない。一回だけなら、いいだろうか…。


「…わかりました。相談とは、どん」

「明日、好きな先輩と一緒に親睦会に行くことになりまして、どんな服装がいいとか、こういう後輩が可愛気がある、とか教えて欲しいんです!」


僕の言葉を食いながら止めどなく話し始めた彼女は、今年の春、入学して直ぐの部活見学の時に先輩に一目惚れをし、追いかけてバスケ部にマネージャーとして入部。その親睦会が明日開かれるようで、家が近いということで好きな先輩と一緒に集合場所まで行くことになったが、初めてのことでどうすればいいのかわからない、といった内容を息継ぎすることなく言い終えた。彼女の余りの必死さに、家出をして泊まる場所がないなど自分一人の手に負えない範囲を予想していた僕は、予想外れの可愛い恋愛相談に何故か頬が緩んでいた。


「…もしかして、その先輩って、さっきの“さく先輩”ですか?」

「はい、そうです。あ、あの…貴方のことはなんと…。」

「朔(さく)でいいです。それと、僕の名前は、筒井朔太朗(つつい さくたろう)。皆からは、朔って呼ばれています。後輩には朔先輩。だから、さっき自分のことだと勘違いをしてしまいました。すみません。深澤さんの一つ上で、十七歳。高校ニ年生です。」

「貴方も“さく先輩”なんですね。」


そう言って彼女は小さく笑った。緊張が解けた彼女の声は綿毛のように柔らかく、軽やかに弾んでいた。可愛らしい少し高めの声。だからと言って耳をつくような音ではない。いつの間にか彼女の真っ直ぐな思いと、緊張が溶けきった声で僕の不信感は消えていた。先輩の話をする彼女はとても幸せそうで、コロコロと弾ませた音に僕までつられて微笑んでしまう。


「それで家が近いねって話になって、明日一緒に行くことになったんです。」

「そうなんですね。場所はどこに行くんですか?」

「親睦会って言っても私含め六人程だそうで…。ボーリングに行って、近くのファミレスでご飯を食べるみたいです。」


ボーリング場ならば動きやすい服の方がいいかもしれない。女の子らしさを出すなら、色を暖色系にしてみるとかはどうかと提案してみると、彼女から大きな声でありがとうございますと返ってきた。恋愛相談に乗れるような恋愛はしたことが無いし、彼女が好きな“さく先輩”の好みを知っているわけでもないが、父に恋愛相談をしろとはとても言えない。


「僕の意見で良ければ。正直、自信はないんですけど…。」

「いえ、本当にありがとうございます。」

「明日、楽しんで来てください」

「はい」


自然とお互いおやすみなさいと言い残し、電話を切った。大きなあくびが一つ。ふと時計に目をやると、午後十一時を指していた。明日は、土曜日。部活も休みでこれと言って予定もなく、いつもなら夜更かしをしてしまうところだが、不思議な間違い電話で疲れたのか僕はそのまま眠ってしまったようだった。