返事のない日記【短編】






 全てを読み終えた二人の刑事は暫く最後のページを開いたまま立っていた。


 しかし、高峰が重くなった口をゆっくり開く。



 「……新島は、この女の子を庇ってて、それでずっと黙ってたってことっすよね?」



 藤谷が後輩の発言に、頷いて返事をする。

 分厚い日記は無題で無名で、しかしある小説家の感情が全て詰め込められていた。


 高峰はようやく、白紙がたくさん転がっていた部屋に納得がつく。



 (白紙だったり、メモが無かったのは、感情も予定も全部この日記に書いてたからなのか)



 この日記は、彼にとってどんな存在だったのだろう。

 愚痴を吐き、予定を確認し、たまに想いを綴る。

 それは友人のようで、兄弟のようで。

 いや、彼の感情そのものとでも言える。



 「返事のない日記、か」

 「藤谷さん?」

 「悲しいな。こんなに新島は、この女の子を思ってたくさん書いてるのに、それに対しての返事がどこに書かれていない。この、瑠美、という子はどこにいるんだ……」

 「……」



 悪は許さない。

 たとえどんな理由がそこにあっても、悪は罰する。


 藤谷の口癖であり、座右の銘でもあった。

 よく聞かされていた高峰は今の藤谷が意外で、ひたすら視線を送り続ける。


 犯人の事情に感傷する彼を、見たことがない。



 「とりあえずこれは署に持ち帰りましょう。もう一度読み返して手掛かりを見つけるか、それか」



 ぱさり。

 紙の落ちる音に二人の視線は足元に集中した。

 紙の薄さからして、作文用紙だろう。


 藤谷が、屈んで手に取る。


 もしかして。


 二人の心に期待の光が宿り始める。





 「藤谷さんっ!!」



 ドタドタと、慌ただしい足音の正体は、高峰と同期の浜松だった。

 アクションの大きい彼は両腕をランダムに振り回しながら、中に入ってくる。




 「藤谷さん! 女の子がっ! 襖の中で横たわってる女の子を発見しました!」

 「そうか」

 「今病院に送ってて……え? 藤谷さん?」



 浜松の動きが、ピタリと止まる。

 彼は自身の見てる光景を疑った。


 泣く子も黙る、藤谷がまるで小学生の子供のように泣いている。


 しかも、よく見れば同期の高峰もだ。





 「大丈夫ですか? お二人……」

 「すまない……。大丈夫だ」

 「いえ、でも……もしかして猫アレルギーですか? ここらへん猫多いですもんねぇ」

 「心配かけてすまん。大丈夫だ。高峰、すぐに署に帰るぞ」

 「うっす」

 「浜松」

 「は、はい!」

 「発見した女の子が意識を取り戻したらすぐ連絡をくれ」

 「了解です!」




 黒く光る分厚い日記をそっと元の引き出しに戻す。


 この日記を警察に見つかれば、女の子の罪も、彼の思いも何もかもを暴露されることを彼は知っていた。



 (それでも、日記の返事が欲しかった。……だから、分かる場所にしまってたんだ)



 どうか先に、あの子が見つけてくれれば。


 まるで賭け事。

 高峰は、やられたな、とため息をつく。



 (ナヨナヨしてる、って全然してねぇわ。あー、俺ダセェ)




 遠くで、先輩刑事の怒鳴り声がしたので、高峰はいつものように謝りながら駆け寄っていく。


 散らかった部屋に入る日の光が、ただただ舞う埃を照らし続けていた。