その男の家は、物が散乱しているのに汚い訳では無く、何故か整ってるようにも思える不思議な家だった。
捜査のために足を踏み入れた若い刑事が、まずため息を漏らす。
「さすが小説家の家って感じっすね」
すぐさまベテランの刑事が振り返る。
細かいシワが目立ち始めてる彼は目を釣り上げるとますます険しさが増した。
「高峰、感心してる場合じゃねぇぞ」
「わ、分かってますよぉ藤谷さん……」
師弟のような関係の二人は暫くやり取りをしたあと、目的地とも言えるその家主の部屋へ入った。
先程までの道よりもさらに物が散りばめられていて、まるでついさっきここに誰かがいたかのような温もりを若い刑事は感じる。
しかしそれを言ったところでこの頑固頭のベテラン刑事が聞き入れるとも思えないので、高峰は黙ることにした。
「ここが、“奴”の部屋か」
「これ結構大変っすね」
「なんでもいいから、何か手がかりになるものを見つけるぞ」
「うっす」
彼の部屋には沢山の書き途中の用紙がある、と思っていた高峰は、おや?と机周りを調べ始めた。
確かにクシャクシャになった紙があちこちに転がったり、資料の隙間に入ってたりするがそのどれもが白紙である。
もしくは鉛筆でぐりぐりと殴り書き…まるで小学生の落書きのよう。
「高峰、見てみろ」
「なんすか? それ」
「子供が書いた絵のようだ」
B5ほどの白い紙に、女の子とそれから髭を生やした男の絵が並んでいる。
画力は小学生以上高校生以下、と言ったところか。
絵心がない彼らだったが数々の事件を熟してきたため、それくらいの判断はつけれるようになっていた。
「“アイツ”だけが住んでたわけじゃないんすかね」
「どうだろうな。他の奴にはあっちの部屋を調べさせてるから、子供の衣類が出てきたら、その線は出てくることになる」
売れない小説家が、子供と、ね。
ベテラン刑事に見つからないよう背を向けた高峰の口元は微かに上がっていた。
それは呆れたときなどにある失笑に近いものだった。
(果たしてこんな状態で生活出来んのか……。あんなナヨナヨした野郎が人を世話するとは思えねぇし……)
大雑把な性格がそのまま出てしまい、思いっきり引き出しを開けたせいで「煩いぞ」と苦情が来たが、引き出しの中身を見たまま高峰の動きはピタリと固まってしまった。
その様子にすぐさま違和感を感じた藤谷が、彼の方へ寄る。
「藤谷さん、これ……」
引き出しの中から現れたのは、黒革の、品の良さそうな、一冊の分厚いノートだった。
黒光り、の言葉がしっくり来る。
まるで見つかってしまったのを好んで待っていたかのようにそのノートは高峰から、藤谷へ渡った。
「日記、ですかね」
「ふむ……名前が無いな」
「これ、“奴”のですよね」
「……中を確認してみよう」
それは、この家主であり、売れない小説家であり、孤独な青年が書き続けた日記。
その中には一人の少女が、描かれている。
『俺は死にたいと思うが今日も無理だった』
彼の日記は、そう始められていた。