胸に去来する様々な感情を、香月はうまく言葉にできない。
そもそも伝えるべきなのか、わからなかった。
その戸惑いをわかったように、梨田はふっと空気を緩めてお茶を大きく一口飲む。

「と、言いたいところだけど、どうせ聞いたってペラペラ話すタイプとは思えないし、強く出たら頑なになりそうだし。だからいいよ、答えなくて」

ゆったりした話し方とは裏腹に、梨田の目はまだ熱を持ったものだった。
視線を正面から合わせたまま、その手が香月に伸ばされる。
そして湯呑みに添えられていた指先を、きゅっと握った。

「その代わり、嫌だったら振りほどいて。そうしたら帰るし、忘れるから」

梨田の手も、香月の手もあたためられていたから、熱くも冷たくもない、ちょうど同じ温度でよく馴染んでいた。
しっかりと握られているのに、簡単にほどくことができる強さ。

「もし、再会してからまだ3回しか会ってないこととか、結婚がなくなって日が浅いこととか気にしてるなら、待ってもいい」

香月は黙っていた。
言葉も発しないし、視線も動かさず。
そして、指もほどかずに。

「これが、返事でいい?」

そう問われて、ようやく一度ゆっくりとまばたきをしてから、首を横に振った。
指先を握る梨田の手を、強く握り返す。

「返事は、こっち」

ずっと緊張していたような梨田が、一気に破顔した。
爆笑されて、香月は唇を尖らせる。

「なんで笑うの?」

「いや、ごめん。さすが香月だと思って」

梨田の手がするりとはずれた。
お茶を飲み、唐辛子せんべいの封を開けて大きくかじる。

「あー、ほっとしたら腹減った。うわっ!これ、すげー辛い!」

慌ててお茶をがぶ飲みする梨田に、声を立てて笑う。

「何もないけど、カレーなら作れるよ?食べる?」

「え?いいの?食べる!」

「・・・期待しないで。ルー溶かすだけの普通のやつだから」