恐らくたくさん練習したのだろうと、香月は嬉しくもおかしくもあった。
けれどそれを表情には出さず、とろりと深い煎茶を見つめて竜也の言葉を待つ。

英人の挨拶に居心地悪そうにしていた竜也は、ボソボソと、

「あー、はい。どうぞ」

とだけ言った。

「は?何それ?もっとちゃんと答えなさいよ」

テーブルの下で薫に蹴られたらしく、竜也はしぶしぶ姿勢を正した。

「ご存知でしょうけど、香月が生まれる前に父親は亡くなってます。母親も三年前に亡くなりました。だから香月にとって家族は、私たち一家と、次男の桂太だけです。どうか、幸せな家庭を持たせてやってください」

リビングから見える仏壇には、まだ十分に若い父親と、それよりは年老いた母親の遺影が並んでいる。


香月が母のお腹にいる時、父は事故で亡くなった。
当時13歳だった竜也と、9歳だった桂太は幼いながら母親を助け、香月の面倒をよく見た。
元々父を知らない香月はそれを寂しいと思ったことはないけれど、母や兄たちは違っていただろう。

物心ついた時には竜也が父親のような役割を果たして、学校行事に参加したのも竜也だった。
三年前、母が病気で亡くなって、父代わりとしての竜也の負担は増えたはずで、こうして結婚することで少しでも楽になってくれたら、と香月は思う。

「ありがとうございます。精一杯頑張ります」

「竜也兄さん、薫義姉さん、どうもありがとう」