「すごいね」
「そこはさすがにプロだから」
少年たちの背を見やる梨田に誇ったところはなく、あの程度は勝って当たり前なのだと教えられる。
香月が目指したかったプロの位置と、自分がそこからいかに遠いのかを、改めて突きつけられる思いだった。
胸がいっぱいで見つめるその横顔が、曇っていることに気づいたのは、梨田が三口ほどコーラを飲んでも、決して香月に視線を向けなくなったからだった。
「・・・結婚、するの?」
「え?・・・あ!」
隠していたはずの左手がすっかり見えていた。
薬指の指輪はダイヤの小ささにも関わらず、異様なほど存在感を放っている。
カクッと落ちた首を、梨田は肯定と受け取ったようだ。
「そっか」
コーラを一口飲んで、すぐにもう一口飲む。
「そっか。・・・そっか」
今更隠しても意味はないのに、そっと右手をかぶせる。
梨田は何度か小さく頷いて、ようやく香月に視線を向けた。
「おめでとう」
香月は烏龍茶を見たまま、黙ってわずかに口角を上げる。
「あ、そうだ。俺、昇段した記念に指導対局イベントに呼ばれたんだ、池西将棋道場で」
気を取り直したように、明るい笑顔で言った。
「四月の第二日曜日。カズキも来て。一度カズキをメタメタに負かしてみたかったんだ。お祝いはそれでいい」
「もう負けてるのに」
「あ、もちろん。旦那さんがいいって言ったらね」
四月ならば、旦那さんどころか付き合っている人すらいなくなっているだろう。
「仕事の都合がついたらね」
「じゃあ、約束」
一度香月に伸ばした手を、梨田はすぐに引っ込めた。
そして乾杯するように、コーラのペットボトルを香月の烏龍茶にペコンとぶつける。
「俺は、約束守ったからな」