しぶしぶ見た盤面は、竜に大暴れされたのか自玉はボロボロに崩壊しており、駒損も差がついている。
これはもう投了間近ではないかと思ったけれど、勝手に終わらせるわけにもいかない。
とりあえず、差し支えなさそうな歩をひとつ進めると、その歩が元いたマスにスパンと桂馬が打ち込まれた。
「あーあ」
すぐ隣でタブレットを覗いていた少年が、ガックリと肩を落とす。
「その桂馬の打ち込みを警戒して、あの歩を打っておいたのに」
「ご、ごめん・・・」
いたたまれずに、梨田の腕にぐいぐいとタブレットを押しつけた。
身体を震わせて笑っていた梨田は、ふっと息を吐いて盤に向き合う。
収まらない笑いを口元に残したまま、スイスイと指していく。
間近で見る梨田の指は、細く長く、つるりとしていた。
それでいて健康的な赤みが差しているので嘘っぽくはない。
将棋専用に機能美を追求したら、こんな形になるのではないかと思わせる手だった。
「さっきの歩、ひどい悪手だな」
「だから、ごめんって!」
どうにもならないと思われた局面は、動けていなかった角が馬に成って攻守に利き、持て余し気味だった香車も交換して持ち駒とする。
瞬く間に、すべての駒が意味を持って活躍し出した。
梨田を前後左右から囲むようにタブレットを覗いている少年たちも、「すげー!」と目を輝かせている。
梨田はノータイムでどんどん指すのに、ソフトの方が考える時間が増えてきて、とうとう投了した。
「おおーーーーー!!」
少年たちは興奮しながらタブレットを見て、また羨望の眼差しを梨田に向ける。
少年たちと同じ次元に戻っていた香月も、その手に強い憧憬を抱いた。
梨田がやさしく解説する言葉を、少年たちは一言一句聞き逃すまいと懸命に耳を傾け、
「ありがとうございました!」
今度は揃って頭を下げて帰っていった。



