それでも香月を置いて帰れるわけはなく、同じ車でふてくされた背中を見せるしかない。

「そんなにちゃんと勉強して、将来何になるの?」

「将棋のプロ棋士になりたいです」

決して大きな声ではなかったのに、それは梨田の中にまでしっかり届いた。

「そうなんだ!女流棋士かー」

「いえ、女流じゃなくて、ちゃんと奨励会を抜けたプロに、なりたいんです」

それまで遠慮がちにしていた香月が、ここだけきっぱりと言い切った。


将棋の棋士になる道は、本来男女の別なく門戸が開かれている。
しかし、養成機関である奨励会を抜けて四段に昇段した女性は、現在一人もいない。

女流棋士というのは、女性にだけ用意されているもので、奨励会の下部組織である研修会を経たり、奨励会を退会後にその権利を得たり、アマチュア棋戦での成績によって資格を得たりと、いくつか道がある。

女流棋士は基本的に女流棋戦に出場する。
そこで好成績を残すと、男性も出場する棋戦に出られることもあるけれど、あくまで奨励会を抜けた棋士とは別枠だ。

香月が女流棋士を否定して「奨励会を抜ける」と言ったのには、女性として初めて男性棋士と肩を並べる位置を目指す、という意味だった。

しかし、梨田も梨田の父も、そんなことだとは知らずにいた。

「そうか、そうか。すごいなー。頑張ってね」

父の言葉に、香月が曖昧に笑って頷くのを、梨田は不思議な気持ちで眺めていた。

将棋が楽しくて、毎日そのことばかりを考えていた。
強さには自信があるし、もっともっと強くなりたい。
もっともっと強くなれる。
そしてそのうち香月よりも強くなる。

そう思ってきたけれど、香月はその先を見つめていたのだ。

将棋のプロって何だろう?
どうやったらなれるんだろう?