渡された詰将棋を見ていると、梨田は自転車を引いて先に歩き出した。
香月も歩きながら考え続ける。

「▲1二馬?」

「それ詰まなかった」

「うーーーーーん」

「難しいだろ?」

「うん」

お互いにぶつぶつ言いながら考えているうちに、靴屋も花屋も美容院も通り過ぎた。
強烈な夕陽が、古くてヒビの入ったアスファルトに、ふたり分の濃い影を作っている。

「金、捨てたらどうかな?」

「△同玉?」

「馬が寄って」

しわしわに折り目のついた紙を梨田の前に広げて、指さしながら説明する。

「詰んだよね?」

「詰んだ」

「あーーーーーー」と梨田はすっきりとした顔で笑って、すぐに悔しそうに表情を歪める。

「やっぱり、まだカズキには勝てそうにないな」

「もう一回やったらわからないよ」

「いや。絶対勝てるって思うまではやらない」

梨田はふてくされたように、折り目とは違う位置で紙を折り曲げ、クシャクシャとポケットに突っ込んだ。
そして、まぶしさに目を細める。

「わー、すごい夕焼け」

ふたりの後ろには大きな金色のオレンジが空いっぱいに広がっていた。
梨田の全身も赤っぽく、髪の毛は透き通るようなやわらかい色に染まっている。
こんな夕陽に気づかないほど、紙と頭の中の将棋盤とお互いのことしか見えていなかった。

教室では特別親しくしない。
けれど、何かを約束したわけではないのに、梨田は毎週土曜日、将棋道場の帰りにはコンビニで香月を待っていた。
香月も、祖母の家からは毎回歩いて帰るようになった。

学校とは別の切り離された時間を、秘密のように共有して。