次の土曜日。
車で送るという祖母を必死で説得して、香月はまたひとりで歩いて帰ることにした。
今度こそ帰ったらちゃんと電話する、という約束をして。


月曜日に学校で顔を合わせたとき、香月は梨田に「おはよう」と声を掛けた。
また将棋の話をし出すかと思った梨田は、しかし軽く頷くように頭を下げ、「おはよ」と小さくこぼしただけで男子の輪に入ってしまう。

休み時間になると一心に将棋に向かっていて、いつも盤しか見ておらず、香月の存在なんて覚えてもいないように見えた。

あれは、夢?

梨田はこれまでと変わらず、ただ同じ空間にいるというだけの存在だった。


だから香月はもう一度だけ、同じ時間に、同じ道を歩いてみようと思った。
そうしたら、またあの目を輝かせた少年が、将棋道場の帰りに通りかかるかもしれないと思って。

一人で歩く道はやっぱり長く退屈だった。
いつもなら頭の中で駒を動かして時間を潰すけれど、通り過ぎる自転車が気になってうまく描けない。

長く真っ直ぐ続いている国道に出て、埃で霞む道の先を見遣ると、少し先のコンビニの前に腕を組んで立つ少年の姿があった。
あえて同じスピードを維持して近づくと、あと15mという距離で梨田は顔を上げた。

「あのさ」

香月を認識すると、何の前置きもなくポケットから紙を取り出す。

「これ、解ける?」

書かれていたのは詰将棋だった。

「何手詰め?」

「五手」

「うーーーーーん」