いつの間にか、真上の空はすみれ色に変わっていて、それでも家々の間から溢れる夕陽はまぶしく、まだしばらくは夜を追い返しそうだった。
その夕陽の中で、短くカットされた梨田の髪の毛は、驚くほど明るい色に透けている。
香月はその色が、とても好きだと思った。
「カズキは道場行かないの?」
「お兄ちゃんに連れて行ってもらったことはある」
「いつもはどうやって練習してるの?お兄ちゃんに教えてもらってるの?」
「ううん。お兄ちゃんは仕事で別のところに住んでるから、いつもはパソコンのソフトとかネットで指してる」
母親はほとんどパソコンを使えないが、竜也が使わなくなった古いパソコンを実家用に繋いでくれた。
最初はソフトだけ使っていた香月だが、ネットでの対局をしてみたくて、去年の誕生日プレゼント代わりにインターネットの契約をしてもらったのだ。
それを聞いて、梨田の方は渋い顔をする。
「ネットが悪いわけじゃないけど、ネットでばっかり指してると早指しの癖がついて抜けなくなるよ?」
きっとどこかの大人に言われたのだろう。
梨田本人の言葉としては、背伸びしたものだった。
それでも、香月の気持ちを沈めるには十分。
「仕方ないじゃない。他に方法がないんだから」
ムキになり、梨田を追い越して先を急ぐ。
どんなに早歩きしたところで、自転車の梨田はすぐに香月を追い越すだろう。
しかし梨田は自転車を小走りで押して、ふたたび隣に並んだ。
「学校では感想戦(対局後の反省会)ってしないよね」
香月の不満に気づいているのかいないのか、梨田は変わらない調子で話しかけてきた。
「感想戦はゲームじゃないから」
「でも感想戦しないと強くなれないだろ?」
「男爵だって、わたしとやったとき感想戦しなかったじゃない」
痛いところをつかれて、梨田は言葉に詰まった。
うまく言い逃れるほど器用ではないので、結局素直に答える。
「だって、悔しすぎて」
あんなに重々しい将棋を指すのに、梨田の人当たりはいつでもやわらかい。
将棋はその人の性格が現れるのに、香月にはそれが不思議だった。



