「あそこ、蛇口から水被ってる人いるでしょ? サッカー部のTシャツ着てる」

「………」

「花音、ずっと男性恐怖症だったんだけど……最近ようやく、すきなひとができたのよ」



“本人”を見るのは私も初めてだったけれど、すぐにピンときた。

渡り廊下から、サッカー部員──ソースケ先輩を見つめる花音の瞳は、すっかり恋する乙女のそれだ。

さてこれを目の当たりにしてどうするか、と隣の男の様子をうかがうと、ヤツは軽く目を見張っていた。

小さく、その口が動く。



「──あの人、」

「え?」



思わず聞き返した、私には何も答えない。

すぐにその目は、まるで狙いを定める獣のごとく、すっと細められた。

そして口元には、挑戦的な笑みが浮かんでいて。



「……上等じゃん」



言うが早いか進藤 刹は歩き出し、先ほどまでと変わらない足どりで、廊下の角を曲がって行く。

……もしかして、火に油注いじゃったかしら。

そんな考えが、ちらりと頭をよぎるも。

私は自分を待つ花音のことを思い出し、急いで彼女がいる渡り廊下へ向かおうと、踵を返した。