「いいんじゃないかな。体力がなくたって、走るのが遅くたって」

「え……?」

「花音ちゃんには、そのぶん“ピアノ”っていう才能があるんだから。……だから何も、自分の価値を下げることなんてないと思うよ」

「……ッ、」



その、言葉に。やさしげな、彼の表情に。

ぎゅうっと、胸をわし掴みにされたような気がした。


──どうして彼は、まだ何回かしか会ったことがない自分にでも、こんなことを言ってくれるんだろう。

どうしてこんなに、やさしい表情を見せてくれるんだろう。

もっと近づきたいって思ってるのに、足がすくんでその隣に行けない。

昔の出来事にこだわって、あなたのすぐそばに立つこともできない。

こんなどうしようもない、自分なのに。