「奏佑、先輩……」



まわらない頭でわたしが小さくその名前をつぶやくと、目の前の人物──奏佑先輩は、ぎゅっとわたしを抱きしめる力を強くした。


なんで……どうして、先輩がここに?

わたしはただ、この部屋に忘れたはずの楽譜を、取りに来ただけだ。

なのにどうして、もう2度と来るはずがないと思っていた先輩が、ここにいるの?



「せん、ぱ──」

「ッごめん、花音ちゃん。本当に、ごめん……っ」

「……え……」



突然の謝罪に戸惑いながらも、なんとか顔を上げる。

すると先輩も、少しだけ腕の力を緩めて、わたしの顔を見下ろした。

その近い距離に、今さらながら、心臓が大きく鳴る。



「たくさん、傷つけたよね。たくさん、泣かせて……」



切なげに話す先輩がわたしの目元に触れるから、息を飲む。

さらにまた、奏佑先輩は眉を寄せた。



「本当に、何回言っても足りないんだ。ごめん……っ」



そう言って、再びぎゅっと、強くわたしを抱きしめた。

どくん、どくん。ふたりの体が密着して、心臓の音が、聞こえる。

これは、先輩の? それとも、わたしの?



「……聞いたよ、コンクールの話。優勝したんだね、……おめでとう」

「え、あ、ありがとう、ございます……」

「それに──留学の話も、聞いた」



彼の口からその話題が出たことに驚いて、わたしはまた、先輩を見上げようとした。

だけどそれは、叶わずに。さらに強く、腕の中に閉じ込められる。