ああ、わたし。

とんでもないことを、してしまった。



「あ……そうすけ、せんぱい……」



震えそうになる声で、名前を呼ぶ。

無言のまま、奏佑先輩は、赤くなっている自らの右頬に触れた。

そしてこちらに視線はくれないまま、ふっと、自嘲気味に笑う。



「──もしも」

「っえ、」

「もしもあのとき、カラオケでうずくまってた花音ちゃんに声をかけたのが、俺以外の別の男だったとしても……」



言葉を切った先輩が、一瞬だけ、わたしと視線を合わせた。

だけどすぐにそれは、再び逸らされる。

口元に浮かぶその笑みが、やけに、苦しげで。



「……きみはその男を、すきになったんだろうね」

「……っ!」



──違う、そうじゃない。

別の人なんて、考えられないの。

わたしはあなただから、すきになった。

あなただったから、そばにいたいと、願ったのに。


言葉でそう伝えたいのに、涙ばかりが溢れてきて、思うように声が出せない。

話し終えた先輩が、そのままこちらに背を向ける。

そうしてドアの方を見つめたまま、小さく、つぶやいた。



「……ごめん。さよなら、花音ちゃん」



大好きな背中が、遠ざかる。

なのにわたしの足はまるで言う事をきかなくて、その場から、動くことができない。


涙でにじむ視界の中で、無情にも、ドアが閉まった。

かくん、と足の力が抜けて、わたしはそこに、座り込む。



「……っふ、ぅあ……っ」



もう、あなたが、傷つかないように。

だからわたしを、傷つけて欲しかった。


けれども今、先輩を傷つけたのは

まぎれもなく、わたしだ。



「せんぱい、先輩……っめ、なさ……ごめん、なさい……っ」



何度も何度も、謝りながら

声を押し殺して、泣いた。