ドアの取っ手に手をかけてから、動きを止める。

そして小さく深呼吸をした後、俺はガラリとドアを開けた。



「……奏佑先輩」



気づいた花音ちゃんが、長い髪をなびかせてこちらを振り向いた。

後ろ手にドアを閉めてから、俺は彼女のいるピアノの前へと近づく。



「……ごめんね、遅くなって。来る途中、サッカー部の奴に捕まってさ」

「いえ。大丈夫です」



ふるふると小さく首を振る花音ちゃんの表情は、どこか、固い。

なんとなく、俺は嫌な予感を感じながらも。努めて普段通りの態度を心がけて、口元に笑みを浮かべた。



「そういえば。からだは、大丈夫?」

「え? って、何がですか?」

「昨日、あのあと」



ピアノに片手をついて顔を覗き込みながら言うと、彼女はその言葉の意味に気づいたらしく、ぽっと頬を染める。



「そ、それも、大丈夫、です」

「そう。ならよかった」



視線を鍵盤のあたりにさまよわせる彼女に、俺はそう言ってまた笑みを作ってみせた。

すると花音ちゃんは、一度ちらりと、俺を上目遣いに見上げて。

そしてきゅっとそのくちびるが結ばれるのを、俺はどこかぼんやりと見つめていた。