「……花音ちゃん」



俺はわざわざ、彼女が顔を向けているのとは反対側にまわってから。

指先だけで、トントンと、花音ちゃんの肩を軽く叩いた。



「ん……」



小さくうなりながら、彼女は身じろぎする。

そしてゆっくり、伏せていた上半身を起こした。



「……せんぱい?」

「うん」



俺の姿を認めて、まだとろけた眼差しのまま舌足らずに彼女がつぶやいた。

それに対し、笑みを浮かべながらうなずく。

みるみるうちに、彼女の顔が赤く染まっていった。



「せっ、先輩っ?! えっ、あ、あのあのあの、わたし……っ」

「うん、寝てたね」

「……!!」



ものすごくショックを受けたような様子で、真っ赤な顔の花音ちゃんが固まる。

もはやその大きな瞳は涙目だ。

俺はくすくす笑って、屈んでいた体を起こす。



「気にしないでよ。花音ちゃんこんにちはー、おはよう?」

「う、……こんにち、は」



やはり赤みの残る顔で挨拶する彼女に、自然と口元が緩んでしまう。

いかんいかん、と片手で口元を隠すようにしていると、「あの、奏佑先輩」と小さな声が聞こえた。



「ん?」



黒々と光るピアノに片手をつきながら、俺は首をかしげる。

きゅっと、花音ちゃんの小さな手がひざの上で握りしめられたのに気づいた。



「こないだ、すみませんでした」

「ん? こないだ?」

「あの、……中庭、で」

「……ああ」



ようやく彼女の言わんとしていることに思い当たった俺は、ひらひらと片手を振ってみせる。