「──!」



キス、されてる。

そう頭が理解した瞬間、刹くんの両肩に手を置いて引き離そうとするけれど、体格差からかびくともしない。

それどころか、わたしの後頭部にまわされた彼の手に、力がこもって。

さらに深く、くちびるが重なった。



「……んっ、」



自然と、鼻にかかったような吐息がもれる。

自分のものじゃないみたいなそれに愕然として、きつく閉じたまぶたから涙がにじんで。

わたしは渾身の力で、刹くんの体を突き飛ばした。



「ッはぁ、はぁ……っ」



今度は思いがけずあっさりと、彼の体は離れた。

わたしは刹くんを突き飛ばした体勢のまま、荒くなってしまった呼吸を整える。


──なんで、どうして。

ぐるぐると頭の中を様々な疑問がまわるけれど、それを口に出すこともできない。



「……花音」



1歩、労るような声音でわたしの名前を呼びながら、刹くんが足を踏み出した。

それと同時に、ビクリと過剰なくらい、わたしの肩がはねる。

その様子を見た彼は、それ以上、こちらに近づくことはなかった。



「……ッ、」



無言のまま、涙目で、睨むように刹くんを見上げる。

そして彼が一瞬ひるんだところで、わたしは踵を返し、門の中へと走った。

後ろを振り返ることもなく、急いで鍵を開けて、家の中に入る。

そしてドアを背にしたまま、玄関にも関わらず、ずるずるとその場に座り込んだ。



「………」



そっと、自分のくちびるに触れる。

まざまざと思い出されるのは、先ほどの記憶で。


──ファースト、キス、だったのに……。



「花音ー? 帰ったの?」

「……ぅ……っ」



キッチンの方から聞こえてきた、お母さんの声に返事もできないまま。

わたしは、静かに泣いた。