え、という言葉がとっさに出てしまったかはわからない。

それまで明るかった世界が、急に、一瞬で真っ暗になったような気がした。



「そう、ですか。……はい、わかりました」



そんなセリフが、のどの奥からかろうじて出てくる。

無意識だったけど、我ながらよく反応できた。そうしてさらに、思いついたことを付け足す。



「……あの、先輩。気にしないで、くださいね」



わたしの言葉に、本当に申し訳なさそうにしていた先輩が、息を飲むのがわかった。



《……ありがとう。本当に、ごめんね》

「いえ……あの、それじゃあ、」

《うん。……それじゃあまた、学校でね》



ツーツー、と、機械的な音がスピーカー部分から聞こえる。

今はもう真っ暗になったスマホの画面を、ぼんやりと見つめた。

そうしてしばらく経ってから、わたしはゆっくりと、ソファーから立ち上がる。



「……お母さん」

「ん? どうしたの花音」



わたしの呼びかけに、ダイニングテーブルで雑誌を見ながらコーヒーを飲んでいたお母さんが顔を上げた。



「今日、海行くの、なくなった」

「え? あら、そうなの」

「うん……でも今日せっかく天気いいから、午後からひとりで買い物行ってくるね」

「わかったわ」



それだけ言って、わたしは2階にある自室へと向かった。

内側からドアを閉め、ずるずると、ドアを背にして座り込む。

視線を上げれば、今日のためにとしおちゃんとふたりで選んで買った、壁にかけてある花柄のワンピースが目に入って。



「……残念、だなあ……」



ポロ、と一粒、涙がこぼれてしまう。

でも、電話のときに流さなかったのは、上出来。

上出来、だから……今だけは、自分勝手な涙を許した。