———制服よし、メイクよし、髪型よし。
 金曜日の朝、私は教室の前で手持ち鏡とにらめっこしていた。どうして今日はいつもしないことをしているかというと…

「あ、悠奈おはよー!どうしたの?気合い入っちゃって!」

 ご存知の通り、あの高崎くんの隣の席になったからである。そうでなければこんなこと、絶対にしない自信がある。
  ———それもこれも、全ては梨花のせいだ。今日は朝イチで彼女の顔を引っ叩いてやろうと思ったけど、彼女はいつもに増して機嫌が良く、今は私のお尻を思いっきり叩いてスキップしながら教室に入っていった。あれは完全に浮かれている。

 とりあえず、教室の前に突っ立っているわけにもいかないので意を決して教室へ入り、自分の席へと向かうことにした。教室へ入るとさすが席替えの翌日といったところ、クラスメート達は賑やかに会話を楽しんでいた。そして私の席の方を見ると、高崎くんは既に登校していた。机の上に鞄を乗せ、その上に腕を組んで顔を埋めている。きっと寝ているんだろう、すやすやと小さな寝息が聞こえた。私は物音を立てないように席につく。

「わ…綺麗な寝顔」

 思わず呟いてしまうほど綺麗な寝顔だった。高くて通った鼻筋に長い睫毛、栗色の髪の毛は触るとふわふわしてそうだ。こんなかっこいい人世の中にいるもんなんだなぁとしみじみ思いながら、私はじっくりと寝顔を見つめていた。

 ———パチッ

「……あ」

 今のは高崎くんが急に目を開けた音だ。私の視線を感じたのか、バッチリと目が合ってしまった。あ、やばい。

「…おはよ」
「おっ、おはよう」
「見てただろ、俺のこと」
「えっ、いや…」

 そう高崎くんに話しかけられた。心臓がドキッと飛び跳ねて、全身に冷や汗をかいた。その質問、図星です。でもなんて言ったらいいのか…あんなにじっくり見られてたら気持ち悪いよね…ああ、やっちゃった。

「…ごめん。つい」
「へー…趣味悪いな」

 ですよね。
 フッと笑って、高崎くんはまた鞄の上に腕を組んで、今度は反対方向を向いて顔を埋めた。

 ———嫌われた

 まだまともに話したことがないのに、私の印象はマイナスとなっただろう。せっかく今日は髪型もセットしていつもと違うメイクをして、スカートの丈も少し短くしてみたのに……いつもより早起きした30分が水の泡になってしまった。

 ———ああ、最悪……

 今日はもう頑張れる気がしない。隣には気まずくなった高崎くんがいて、どういう顔をして一日を過ごせばいいのだろうか。穴があったら入りたいとはこのことを言うのだと思う。どっかに穴ないかな。

 私が一人で沈んでいると、高崎くんは顔をこちらに向けた。私を見ている気がする。
 恐る恐る高崎くんに目を向けると、綺麗な瞳はじっと私を捉えていた。な、なんだろう。

「な、なにか」
「原田、だっけ」
「そうだけど…」
「お前、モテるんだってな」

 え?誰から聞いたの、それ。ていうかモテないし!って答えればいいんだけど、高崎くんがあまりにもかっこよく微笑むものだから、顔が熱くなって口が開かなくなってしまった。

「てか顔赤いけど。照れてんの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「なんか思ってたのと違うな、お前」
「え?」

 急に真面目な顔をした高崎くん。完全にショートしてしまった私の脳みそのせいで、会話についていけない。高崎くんはその綺麗な顔を、ぐっと私の顔に近づけた。

「まぁ、顔はかわいいんだな」
「は!?」
「性格はどうか知らねーけど」

 そう言って離れていく高崎くんの顔。
 次から次へと私には刺激的なことが立て続けに起こって、動けなくなってしまった。これを思考停止というのだろう。今ならその意味がよくわかる。本当に何も考えられなくなって、電池が切れたロボットのように固まってしまうことが、人間にはあるのだ。

 ———か、かわいい?私の、顔が?

 思考が追いついた頃には、高崎くんは再び反対を向いて眠りについていた。

 顔が熱くなっているのが自分でもわかる。ただでさえ普通の女の子よりこういうシチュエーションには弱いし、恋愛にはめっぽう疎いのに。これじゃあ心臓がいくらあっても足りない。なんて刺激的な朝だろう。