「忘れもの」


と、畳んで椅子に掛けてあったショールを渡された。
 

「ねぇ、あなた日置さん?」


突然声を掛けられ、一瞬戸惑う。この数時間、すっかり天野の頃に戻っていた。


店内より一層照明を落とした洗面所の入り口に、にこやかな女性がいた。


「あづちゃんのお友達の」

「はぁ」

「こっち」


わけもわからぬまま『STAFF ONLY』という札の下げられた扉に招き入れられた。中はなんて明るい。久しぶりの蛍光灯に一瞬、くらっとする。


「はい、これおみやげ」


目の前の女性からお菓子の袋を渡された。さっきおつまみに出されたものだ。


状況がよくわからずに戸惑っていると、戸口にあづ が現れた。


「じゃ、行こか」

「えっ」

「真理ちゃん、その靴で走れる?」

「走る?」

「まぁ全力疾走するわけじゃないけど」

「靴なら、替え持ってるけど」

「おおおスゴイ。じゃ履き替えて」

「えっ、えっ」

「ほら急がないと」


急かされて鞄を漁った。ミュールを脱いで、ぺたんこのデッキシューズを履く。無理矢理しめられていた外反母趾なりかけのつま先がとたんに楽になった。


「次回はちゃんと普通に帰ってね」


お菓子をくれた女の人が笑う。


「ごめんね、ヒサコさん。このお礼は次に必ずするから」


そう言って あづ はわたしの腕を引っ張り、人の鞄まで持つと、裏口から外へ駈け出した。