店を出たところで あづ がタクシーを捕まえた。
「旦那様に悪かったね。遅くなったけどよろしくお伝え下さい」
と押しこまれた。
「え、まだいいのに」
「いいよ。奥サマ朝帰りさせちゃまずいし」
「そんな」
寂しい言葉がわたしを今に引き戻す。
そうだ。
「あづ も乗っていけばいいのに」
「あたしは電車で。今なら終電間に合うから」
あづ の指差す方向、すぐそばに地下鉄の入り口があった。気付かなかった。
「久々に楽しかったし、いろいろ聞いてもらえてよかった。また会えるよね」
「会おうよ。あの店また行きたい。銭形の話の続き、楽しみにしてるから」
「うまくいくよう祈ってて」
「じゃ、次は大石くん抜きで」
「当然」
ドアが閉まる。あづ が窓の外で手を振るのがしばらく見えた。
あづ の姿が消えると、タクシーの中は急に静かになり、この夜がずいぶん長かったように思えた。夢を見ていたような気さえする。
しかし、スマホを開くと、LINEに、ついさっき交換したばかりの彼女の名前があった。しかもプロフィール画像は、うどん。
またいつか連絡がくるだろう。そう確信している。そしてそれはおそらく、あづ が肩幅の広い彼となにか進展があったとき。もしくは、振られたとき。
単なる愚痴聞き係でもいい、恋愛指南係でもいい。今日 あづ が、どうしても好きな人ができたことを報告したかったように、わたしじゃなくちゃダメなのだと思わせてくれることが、わたしにとって必要なのだ。
どうせなら吉報を、と祈りつつ、シートに深くもたれた。
おわり

