あ。

「ヤバイ」

「なに、どした?」

前を歩く あづ が振り向いた。


「家に連絡してなかった。あの人から着信が」

すっかり忘れていた、などと言ったら夫も悲しむだろう。


「ちょっと電話する。ごめん」


コールバックすると、彼はやはり少々怒っていた。平謝りしていると、いきなり手の中のスマホが消えた。


「もしもーし、こんばんは。お世話になってます、友人の平井あづ です。結婚式で」

「ちょっとアンタ」

話しながらずんずん歩いていってしまうので、何を話しているのかよく聞こえない。


「……はい、じゃ、真理ちゃんに替わりますね」


差し出されたスマホに耳を当てると、夫の怒りはすっかり収まっていた。


『もう遅いし、オレは平気だから、泊めてもらえばいいじゃないか。まぁ、今夜は平井さんとゆっくり羽伸ばしておいでよ』


なんて言われて、驚いた。


「あづ、うちのダンナになんて言ったの」

「べつに、ありのーままーを。あたしのウチにいることになってるけど」

「それで『泊めてもらえ』か。どこからどこまでのありのままを話したの」

「高校の頃のことからさっきまで。『しつこい男から助けてくれたんです』って」


それはまあ、確かに事実ではあるのだけれど、なにやら少し違う気がする。高校のときから、横にわたしはいるだけで、特になにもしていないのだ。立ち回るのは あづ。 わたしの役目は巻きこまれること。


あづ の言葉を夫がどう解釈したのかは想像がつくが、それで安心してくれるのなら、家に帰っても誤解させたままにしておこうと思った。




もう駅からはかなり遠ざかっていた。


相変わらずの早いペースで あづ は歩く。彼女は振り向かずに言った。


「ごめんねー」

「なにが」


このやりとりも、何度目だろう。あづ の答えも決まっている。


「いろいろと」


同時に口の中で呟いて、たった6年、の近さを感じた。