秋の月は日々戯れに


派手な転び方の割に怪我は大したことがなくて幸いだが、それよりなにより受付嬢は、今回も同僚を捕まえることができなかった事が大変悔しいようで。


「ああー、今日こそはって思ったのに!さやかさんこのブランド好きだって聞いていたから、気を引けるかなって思って、CMの謳い文句をそのまま口にしてみたりしたのに!!」


そう言って鞄から出したグロスを握り締め、悔しそうにジタバタと手足を動かす。

確かにまるでCMで流れてきそうなセリフを叫んでいると思っていたが、まさか本当にCMの謳い文句だったとは……。

それでも同僚は足を止めるどころか振り返りもせず、棒読みで返事をしただけだったけれど。


「さやかさんの気を引く為につけたグロスだったのに、反応してくれたのは同期の子とか、おしゃれな先輩方ばっかりで、当のさやかさんにはちっとも響かなかったんですよ!さやかさん、グロスはお嫌いなのかな……」


「やっぱり、着け心地が新感覚なふんわりチークの方にしておけば……」などと真剣に後悔している様子の受付嬢に、何かがずれているような気がすると、隣で密かに彼は思った。


「春には拓が異動してしまうというのに……。このままでは、二人はすれ違いのままで離れ離れ……!!」