秋の月は日々戯れに


次の日も、また次の日も、そのまた次の日も、出社した彼は何度も同じような攻防戦を目の当たりにした。


「おはようございます、さやかさん!見てくださいこのリップグロス。保湿成分たっぷりな冬の新作で、ほんのりピンクが女性をとても可愛らしく見せてくれるそうです」

「あー、ほんとだかわいいー」

「止まってちゃんと見てくださいよー!あっそうだ、今日こそ一緒にご飯とかどうですか!もしお酒が欲しければ、ご飯も美味しい居酒屋を探しておきます!だから、積もる話を是非聞いてください!!」


逃げる同僚を、追いかける受付嬢。

そんな今朝の光景を思い出していた彼の隣で、受付嬢が悔しそうに唸った。


「あとちょっとだったんです!あとちょっとでさやかさんに追いつけそうだったのに……まさかあのタイミングで靴が脱げるだなんて!!」


彼が聞いた話では、あと少しで受付嬢の手が同僚の背中に届くというところで、運悪く靴が脱げ、その拍子に転んで膝を擦りむいたらしい。

見た目派手に転んだ受付嬢をそのままにもできず、かと言って近寄れば捕まるというじれんまの中、同僚は呆然と立ち尽くして成り行きを見ていた若い女性社員に絆創膏を押し付け、そのまま走り去ったのだとか。