「やはり武士って奴ァ、強いんだな。
情けをかけにきたのかい?」
歳三のへそは完全に曲がっていた。
釣瓶(つるべ)を乱暴に置き、八つ当たりだとは分かっているが、口でしか返せない自分に腹が立った。
「武士といっても、俺だってもともとは多摩の上石原村の百姓だぞ」
「でも今は武士だ。
剣の腕前を認められて武士になったんだ」
石田村のお大尽、土方歳三といえば豪農でバラガキだと勝太も噂では聞いていた。
豪農でも武士を志す者がいると思うと、純粋に嬉しく思った。
「御家人株でもなんでも、金を払えば武士の肩書きってぇやつは買えるぜ」
その言葉を聞いて歳三は勝太の胸ぐらを掴んだ。
「そんなんじゃねえ!
俺の言う武士って奴ァ、天下太平のぬるま湯にどっぷり浸かって、手前の保身しか考えねえ奴のことなんかじゃねえ。
甘く見るんじゃねえぞ!」
まぁ落ち着け、と満面朱をそそぎ胸ぐらを掴む歳三の腕を解いた。
「それではお前にとっての武士とは?」
「戦国武将のように、信念の為に命をかける。
損得勘定じゃ動かない誠の武士だ」
決然たる瞳を歳三は向けた。
(良い瞳をしている。俺と同じ志を持つ者の瞳だ)
勝太は頷いた。
「俺が想う武士ってえのは、身分や肩書きじゃねえ、志だ。
歳三、武士よりも武士らしくなってやろうぜ」
暗かった心の中に一点の明かりが点じられた瞬間であった。