試衛館には珍しい客人がきていた。
その日の稽古は浪士組の準備として無かったが、誰もいない道場で総司は素振りをしていた。
「総司!」
背後から声がしたが、振り向かなくても声の主は分かる。
姉のミツの声だ。
総司は振り返らずに素振りを続けた。
「聞いたわよ、林太郎さんから。
浪士組に参加するそうじゃない」
その声はかすかに震えていた。
江戸に居ても、今日の京の様子は耳に入ってくる。
「あっちは何かと物騒だと聞いたわ。
わざわざそんな所に行かなくても」
「私は陸奥国白河藩沖田家の武士として生まれました。
でも、近藤先生や歳三さんは違う」
「そうね」
「私は近藤先生の武士姿を見たいんです。
歳三さんの武士姿を、誰よりも近くで」
「でも、あっちじゃ耳や鼻を削がれて家に投げ入れられるっていうじゃない」
京の街で横行していた耳鼻削(じびそ)ぎの噂は京のみならず江戸にまでも蔓延し、恐怖で震え上がらせていた。
尊攘派の過激浪士たちが、天誅と称して殺害した相手の耳や腕を切り取って、公家の邸に放りこむという噂。
総司は天然理心流特有の赤樫の太木刀をピタリと止めた。
「歳三さんは言っちゃ悪いけど弱い。
そんな時に誰が近藤先生を守りますか」
くるりと振り返り、ミツを見つめた。
「私は近藤先生の盾となり剣となり生きたい。
歳三さんの右腕として剣士として生涯を全うしたいんです」
九歳で試衛館の内弟子となった総司。
総司には剣でしか生きる道はないと信じていた。
そして、主君は誰か。
それは紛れもなく近藤勇と土方歳三であるのだ。
総司の目には一点の曇りもなく、真っ直ぐにミツを射止めていた。
「私を必要としている人がいる。
私が必要としている人がいる。
私は、その人の為に剣を振るいたい」
裕福な家に生まれたわけじゃない。
家督は幼かった惣次郎こと総司の代わりに、婿の林太郎が継いだ。
口減らしの為に試衛館にきた。
「ようやく見つけた生き甲斐。
こんな光栄な事はありません」
総司は汗を拭い微笑んだ。
ミツはそれでもなお哀しそうな表情を浮かべて総司に近付いた。
