画面上にカッターナイフが握られた右手が現れた。


撮影者か、それとも本人の呼吸音だけが動画から流れて来る。


それはとても規則正しくて、これから異様な光景が映し出されるなんて想像もできないおだやかさだった。


気が付けば俺はその呼吸に合わせて息を吸い、息を吐いていた。


まるで自分が動画の中に入り込んでしまったような錯覚を覚える。


本の世界に入っている沙希と同じだ。


カッターナイフの刃が手首に当てられると、周囲の音が聞こえなくなる。


息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。


手首に添えられたカッターナイフが横に滑る。


息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。


その音だけが俺の中に入ってくる。