ピンポーン。インターホンが鳴る。


ドアを開けると、木嶋さんは控え目に「おはよう」とだけ挨拶をする。


顔の造りがそうなのか、彼はいつも少し困ったような表情をしている。わたしは特に何も言わず、彼を部屋に入れた。


木嶋さんは、確か3番目か4番目に父親だった人の息子だ。


男好きでろくでもないあの女に引っかかった割には、まあまあな父親で、その息子の彼も随分まともな人だ。青年実業家らしいけれど、何をしている人かは知らない。


わたしは2人分の珈琲を淹れて、片方を木嶋さんに手渡す。彼はお礼を言って受け取り、珈琲で軽く口を湿らせてから、決まってわたしに「元気?」と聞く。わたしも決まって「別に」と答えて会話を止める。決まりきったこの手順を懲りずに踏まなければ、彼は本題に入らない。


「……これ、今月分ね」


木嶋さんはわたしに封筒を差し出す。


そこにはいつも決まった金額のお金が入っている。わたしの生活費だ。


わたしは彼に飼われている。わたしはわたしの生活のために、彼を利用しているのだ。


木嶋さんが私の兄だったのは、わたしが中学に上がったばかりの僅かな期間だけだった。


それでも彼は別れ際、「何かあったら電話して」と、わたしにスマホの番号を教えた。


中3の秋、わたしは初めて木嶋さんに電話をした。わたしが「高校入試を受けたいんです」と言うと、彼はわたしを外に呼び出した。静かな喫茶店で待ち合わせ、わたしは願書や入試案内などを彼に見せた。彼は何も言わず、受験料にと充分すぎるお金を寄越し、必要書類を書き整えた。ついでにあの女が滞納していた学費の督促状も全て見せた。彼はそれも充分すぎるお金で解決した。


高校に通うために借りたこの部屋も、木嶋さんが家賃を支払っている。身につけている服や靴、バッグ。わたしの体をつくる食費。


わたし生理が重いんです。と言うと少し気まずそうにうつむいた顔を赤くし、婦人科を紹介してくれた。ピルの費用も全て木嶋さんが支払っている。


何故、彼はわたしにそこまでするのか。


わたしに同情しているのかも知れないし、僅かな間とはいえ兄妹だった者への義理なのかも知れない。けれど、わたしはそんなことまでいちいち考えられるほど正常じゃない。


流動しないわたしの心は何も感じない。