「…そうか。ありがとう、千代」
見れば兄上の目にはうっすら涙が浮かんでいる。
いや待て、今までのどこに泣くポイントがあるんだ。
「成長されたと、感動なされているのだと思われます」
いつのまにか隣にいた伊織がくすくすと笑う。
「嬉しいんですよ、妹が立派になって」
それに比べ…と愚痴をこぼしかけた伊織を止め、私は兄上に向き直る。
「兄上、いつ此処を発てばいいんですか」
「…弥生の吉日。いいか、それまで絶対に稽古を怠るな。」
兄上がまたまつげを引っこ抜く。
まつげいつか無くなるぞ。
「伊織、悪りぃが相手してやってくれ。お前が一番信頼できる」
「仰せのままに」
どこかの舞台で観そうな二人のやりとりを少し面白く感じたものの、一つ忘れていたことが。
「雅、伊織」
「私がいなくなったら兄上の看病よろしくお願いします。絶対布団から出させないでください」
よしよし、これだけ言えばもう心残りはない。
私は来たる弥生に向けて、修練鍛錬を重ねる決意をした。
その後ろで兄上が苦虫を噛み潰したような表情でいたのは知らなかったことにしておいてあげよう。

