「はい栗きんつば! いつもありがとうね、玲那ちゃん!」



 お礼を言って袋を受け取り、和菓子屋さんをあとにする。

 この町に引っ越してきてからおよそ二年。いつもならこの駅前通りから少し離れたマンションへ帰るところだけど、今日は違う。スマホで地図アプリを起動して目的の場所へ向かった。

 ……五分ほど歩くと住宅街に出た。まわりは一軒家ばかりで今風のオシャレな家が並んでいる。ふと芝生の庭で遊ぶ幼稚園児らしき子の姿が見えた。姉妹だろうか、楽しそうにおままごとをしてる。

 そのお茶会あたしも混ぜてもらえないかな、なんて見ていると、前から仕事帰りらしきサラリーマンが歩いてきて変な目を向けられた。違うよ怪しい者じゃないですからッ! あわてて会釈して早歩きでその場を通り過ぎた。



》目的地に到着しました。ナビを終了します。



 唐突にスマホから流れたアナウンスにどきりとしながら、アプリを閉じてスマホを鞄にしまった。

 どうしよう……着いてしまった……。耐えていた緊張が一気に押し寄せてきてきんつばが入った紙袋を強く握る。あ、取手の紐のところだから大丈夫。



「はああ……」



 ため息を吐いてポストの横にある表札に目を移す。プレートには頭に浮かべていた文字と同じ名字が記載されていて、そこは間違いなくあたしが目指していた家だと証明してる。

 ……あーーーーやだなああーーーー。行きたくないなああああ。行きたくないよおおおおおお。



「……か、……帰っちゃおうかな」



 …………。少し考えた末、面倒なことになるような気がしたのでやめておくことにした。……と思ったけど、意外とバレないんじゃないかな。うん、大丈夫な気がしてきた。



「よし帰っちゃえ……!」



 くるりと踵を返した直後、ガチャと扉が開く音がした。あ、嫌な予感と思ったときには遅く、家の中から女性が出てくる。料理をしていたのか花柄のエプロンを身につけていて、小柄でかわいい雰囲気の人。あわててその場から離れようとするも、一歩後ずさったところで彼女と目が合った。



「あら……、もしかして玲那ちゃん?」



「エッ?! と、あの……ち、……違いま」



「まああ!! やっぱり玲那ちゃん!! んも~~遅いから心配してたのよ!」



 女性はパタパタとサンダルを踏み鳴らしながら近寄ってくると、あたしをぎゅうううっと抱擁した。この人見かけによらず力強い……!



「あのっ……あたし……!」



「話は絵理ちゃんから聞いてるわ。突然入院だなんて大変だったわね……絵理ちゃんは親友だし、親友の娘であるあなたを私は本当の娘くらいに思ってるのよ。だから困ったことがあればなんでも言ってちょうだいね?」



「……、……はい」



 彼女はゆっくり身体を離すと、ふわりと優しい笑みを浮かべた。

 ……“絵里ちゃん”というのはあたしのお母さん、絵理子のこと。彼女とお母さんは中学時代以来の同級生で、それはそれは大の仲良しだったらしい。

 引っ越す際にこの町を選んだのも彼女がいるからというのが理由のひとつ。あたしからすればほとんど面識はないんだけど……

 まさかあたしが彼女の家に居候するなんて思いもしなかった。