「……お前、人のモノになっちゃうんだもんなあ」
そんなひとが、一回りも年下の恋人相手に、寂しさに震える子犬のような声で言う。
たまったもんじゃない。
「そんなのズルい。あなたははじめて会った時から人のもんだったクセに」
これが彼の好きなB級ドラマならば、ここで可愛い女優さんは切なげに涙を流して見せるのだろうか。そんなことは、この道が間違っていると自分から認めるみたいで許せない。
だから声はちっとも震えなかったし、泣きたい気持ちになんてならなかった。
わたしはこの矛盾を背負ったまま生きていくのだ。
「……明日からは、W不倫ってやつですよ。わかってる?」
「ちゃんとわかってるよ」
そう答えた彼の声はもういつもの大人の声に戻っていて、ざわついた心が少し落ち着いた。
もし自分にもう少しだけ勇気があって、例えばここでこのまま空港から遠い異国へ飛び去ってしまう選択肢を選べたとしたら、いったい二人にはどんな未来が待っていたのだろう。
別にこうして連れ出されずとも、そんなことを考えたことがないわけではなかった。
それでも結果としてそれは廃案の一つになった。
きっとお互いに愛だけでは生きていかれない人間だと、心の底でなんとなくわかっていたからだろう。
だから今日というこの日に、独身最後の自分を拾いに来てくれたことがたまらなく嬉しくて、信号待ちのその隙に、いつもみたいに運転席にしがみついた。

