「わかってると思うけど、日帰りで行ける範囲にしてくださいよ」

「はいはい」


運転席からひらひらと手を振って応える彼の表情は後部座席からはうかがえない。


「……で、どこ行くつもり?」

「新千歳」

「ああ新千歳、…って、はあ!?」


彼が何年か前に奮発した外車のリラックスシートに背中をろくに落ち着ける間もなく運転席にかじりつく。


カーナビの行き先は確かに最寄りの国際空港に設定されていて、思わずパスポートの在り処を探しそうになった。いや、落ち着け。彼は日帰りだと言ったはずだ。つい30秒くらい前に。


「改めてお伺いしますけど、で、どこ行くの?」

「沖縄」

「沖縄って……」

「誰かさんのせいで弾丸日帰りだけどな」


「海に行こう」の一言でまさか日本を縦断するつもりだとは思うまい。呆気にとられるものの、よくよく考えてみれば彼の思いつきが最初の誘い文句の範囲内で済むようなものではないことくらいいつものことだった。何せパスタが食べたいの一言でイタリア旅行を計画するような男だ。(ちなみにそれは3年記念日ときに実行された)日帰りの日本往復ぐらい今更どうってことはない。これが長年付き合った余裕というやつだ。


「……海外逃亡かと思った」


そう言って運転席に頭突きをかますと、右折に集中する彼からは抗議の裏拳が飛んでくる。