*****


翌朝。



私は誰も起きてない時間にそっと家を出てきた。

昨夜は、あれから怖くて一睡もしていない。

アイツは「また来る」って言った。

「また」っていつ?

どうして?

どうして、深夜に私の部屋に来るの?

ママはアイツと同じ部屋で寝てるのに、どうして気付いてくれないの?

ママ……私、、怖いよ。

アイツなんかのどこがいいの?

なんか変だよ、アイツ。

私は下を向いて、トボトボと桜並木の下を歩きながら考える。

ーーー瀬良先生だったら……助けてくれるかな?

いや、実際に何か起こったわけじゃないし、そもそも私の勘違いかも知れない。

そんな状態でどう説明するの?

しかも、昨日初めて会ったばかりの人を信用していいの?

…………無理、でしょ。

色んなことを考えているうちに学校に着いたが、早く来すぎてまだ校門が閉まっていた。

「そりゃ、そうだよね…」

私は仕方なく校門が開くまで、壁にもたれて待っていることにする。

もう少ししたら、朝練の時間だから部員が誰か来るし、その頃には校門も開くだろう。

それにしても…四月のこの時間は、さすがにまだ寒いな。

私は自分の肩を抱き少しでも寒さを和らげようとしていたとき、

「お前、こんな朝早くに何してんの?」

後ろから声を掛けられた。

この口の悪さは……

「…瀬良先生こそ」

下にあった視線を上にあげると、瀬良先生の姿があった。

「俺は今日、当番だから早いんだよ」

眠そうに欠伸をしながら、校門の鍵を開けている瀬良先生。

「クシュン…」

校門が開くのを待っていた私は、寒くて身体が冷えたのかクシャミをしてしまった。

「は?お前、何時からここにいるんだよ。スゲー冷たいじゃん」

そう言って鍵を開け終わった瀬良先生は、突然、私の頬に手を当てた。

「ーーーっ///」

顔中に熱が集まっていくのがわかる。

「ぷっ、なに赤くなってんの?昨日は青で今日は赤かよ。忙しーヤツだな」

「ほっといて下さい///」

瀬良先生が急にそんなことするからでしょっ///

もうっ、マジで瀬良先生の近くは落ち着かない。

自分のペースが乱される。

こんなこと今まで無かったのに…

………………………………………………………………

私が今のように無愛想になったのは、ママが彼氏を家に連れて来るようになってから。

それまでは、よく笑っていつも友達とワイワイと騒いでた。

ママは元から弱い人で、誰かに寄りかからないと生きていけない人。

だから、パパと離婚したときは本当に悲惨だった。

毎日のように泣いては、お酒を呑んで…

そのうちに身体を壊してしまうんじゃないかって心配になった。

そんなママを見ていて、私がママの支えになろうと思い頑張ってきたけど…ダメだった。

ママの心の隙間を埋める事ができるのは、私じゃなかったんだ。

彼氏が出来て、少しずつ元気を取り戻してきたママ。

そんなママを見て、初めは安心したし嬉しくもあった。

でも、相手に尽くしすぎるママはすぐに浮気をされて、別れて、また新しい彼氏が出来ての繰り返し。

そのうち、だんだんと私のことなんてかまわなくなってきて…

ママはいつも娘の私じゃなくて、彼氏のことで頭がいっぱい…

母親に構ってもらえなくなった私の心は、どんどん冷え切っていった。

結局、私が頑張ったところで何も変わらない。

誰も救えない。

じゃあ、何のために頑張るの?

頑張る必要なんてないんじゃないの?

私なんて必要とされてないんじゃないの?

…もう、いいや。

疲れた。

私は、一人でいいや…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー

「……い、おいっ。聞いてんのか?」

「えっ⁈」

私は瀬良先生の声で我に返った。

「え?じゃねーよ。ほら、これ飲めよ」

気がつけば保健室に来ていて、湯気が出ているカップが私の目の前に差し出されていた。

「…あ、り、がとう、ございます」

私はそれを受け取り、コクン…と一口飲んでみる。

口の中に甘いココアの香りがひろがり、少しホッとする。

「ーーったく、お前ってホント手がかかると言うか…」

そう言って瀬良先生は、はぁ…とため息をついてから、カップに口を付けた。

「放っておけばいいじゃないですか」

「ホント可愛くない女。何をそんなに強がってんの?」

「別に強がってなんていません」

「へぇ、俺には強がってように見えるし、構って欲しいって顔にも見えるけど?」

「気のせいじゃないですか?」

私は瀬良先生に全てを見透かされたような気分になり、手をぎゅっと握りしめ動揺を必死に隠す。

「あっそ?まぁ、お前がそう言うんだったらいいけど、何かあったときはすぐに言えよ」

「別に何もありませんから」

嘘…。

本当は全部話して、今すぐにでも助けて欲しい。

でも……………

「これ、ありがとうございました。朝練があるので、失礼します」

私は机にカップを置き、早足で保健室を出て行った。