*****



アイツに襲われてから数日が経ち、今日は瀬良先生の所へ来てから2回目の土曜日。

あれから、アイツが私の前に姿を現すことも無く、私は平穏な日々を暮らしていた。

「瀬良先生…まだかな?」

夜ご飯の準備をしながら、キッチンで一人寂しく私は呟く。

「今日は遅くなる」と言って、今朝早くから黒いスーツで家を出た瀬良先生は、夕方になってもまだ帰ってこない。

最近は、遅くに帰って来ることが多かった。

必ず夜ご飯には間に合うように帰って来てはくれるけど…

一体、どこへ行っているんだろう?

……雨宮先生と一緒なのかな?

ビーフシチューが入ったお鍋の火を切って、しょんぼりとしながらリビングへ移動する。

溜息を吐きながらソファに座ると同時に、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。

瀬良先生が帰って来たっ!

私は嬉しくて、走って玄関まで瀬良先生を迎えに行く。

だけど…

玄関のドアが開いて入って来たのは、黒いスーツ姿のリュウさんだった。

「…リュウ、さん?」

「あ、藤崎さん、今晩は」

いつもの優しい笑顔で挨拶をしてくれるリュウさん。

どうしてリュウさんが?瀬良先生は?と思っていると

「ほら、雄大。しっかりして下さい」

「……おぅ」

リュウさんの肩に持たれるように玄関に入ってきた瀬良先生。

「瀬良先生⁈どうしたんですかっ?」

私は瀬良先生の脇の下に入って体を支えた。

瀬良先生からは、お酒の臭いがプンプンとしている。

「瀬良先生、お酒を飲んできたんですか?」

「まぁね…」

一言だけ返事をした瀬良先生は、今まで見たこともないくらいに酔っていた。

私はリュウさんと一緒に、フラフラしている瀬良先生をソファまで連れて行き寝かせる。

こんな瀬良先生の姿は初めてで、どうしたらいいのか分からないでいると、

「今日は雄大のこと、許してあげて下さい」

リュウさんが眉を下げ、悲しそうに笑いながら言った。

「何かあったんですか?」

こんなになるまでお酒を飲むなんて…

きっと、楽しいお酒じゃないよね?

「毎年この日だけ、雄大はどうしても飲み過ぎてしまうんです」

「何か辛い事でもあったんですか?」

リュウさんは私の質問に、自分が答えていいのか少し悩んでいるようだった。

「…ん、、リュウ、水くれ」

瀬良先生がフラフラとしながら体を起こし座る。

「了解」

「あ、私が取ってきます」

「シッ…」とリュウさんが、私の唇に人差し指を当ててウィンクをした。

「//////っ⁇」

私が顔を赤くして固まっていると、リュウさんが耳元で囁く。

『たぶん、雄大は藤崎さんの存在に気付いてないので、静かにしていたら雄大から話しが聞けると思います』

そう言ってリュウさんはキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、瀬良先生に渡した。

リュウさんに指示され、私は息を潜めそっと床に座る。

「さんきゅぅ…リュウ」

瀬良先生は、少しユラユラと体を揺らしながら水を飲んだ。

まだ、酔っていて意識が朦朧(もうろう)としているみたい。

「やっぱぁダメだな、俺ぇ…。いつも迷惑かけて悪ぃな、リュウ」

「はは…僕は恩師に雄大のことを頼まれてますからね」

優しく笑いながら答えたリュウさん。

「ふっ…あのジジィ、自惚れやがってぇ…お見通しかよぉ」

瀬良先生は辛そうに笑いながら、ゴツンと頭をテーブルに伏せた。

「大丈夫ですか?雄大」

「ん…まだぁ、ちょっとぉキツイかもなぁ」

「そうですか」

「なぁ…リュウ…、なんでジジィ…死んじまったのかなぁ…」

瀬良先生は顔を伏せたまま、手に持っているミネラルウォーターを握りつぶした。

ペットボトルの口からは、水が溢れ出しテーブルを濡らしていく。

今日、恩師の命日だったと知った私は、この後、瀬良先生の過去を知ることとなった。